【FOOD INSPIRATION】井伊友博 #家庭の味を守り続ける

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“限りある資源の中で、豊かな食の多様性を次世代へ繋いでいく”そのための知恵や私たちが取り組むヒントを各分野のキーパーソンにインタビューする【FOOD INSPIRATION】。今回は、四国・愛媛県宇和島市で三代に渡り麦味噌をつくり続けてきた井伊商店、3代目店主の井伊友博さんにお話を伺いました。コロナ禍であらためて自分の健康を見つめ直し、食生活を振り返った方も多いことでしょう。味噌を始めとした発酵食品は、体に良い作用をもたらすものとして、長く日本人に好まれてきました。今一度知りたい味噌の良さや、井伊さんが麦味噌づくりにかける想いについて伺いました。
※本記事は2021年3月に取材を行いました

祖父の代から変わらない製法が、井伊商店の味を守る

井伊商店が創業したのは1958年。3代目である井伊さんの祖父が創業し、現在はご両親と共に1年を通して麦味噌をつくり続けています。製法は祖父の代から変えず、昔ながらの手作り。「“手作り”と聞くと『こだわっている』と言われることもあるのですが、別に手作り自体にこだわっている意識はないです。使っている材料も自然と地元のもので、麦は愛媛県産のはだか麦(在庫が確保できなければ香川県産)を、塩も香川で作られているものを選んでいます」。

祖父の代からの製法を引き継いでいる理由は「井伊商店が造る麦味噌の味を変えないため」。発酵食品である麦味噌は、麹が味に大きな影響をもたらします。麹を熟成させる木の箱「もろぶた」、そして麹を育てる部屋「室(むろ)」や蔵、すべてに長い時をかけて井伊商店の麦味噌に必要な菌が宿っているそう。夏に造る味噌は、通常ならば雑菌臭がつきやすいと言われています。しかし、井伊商店の麦味噌にはそれもない。「蔵やもろぶたに宿っている菌のおかげなんだと思います。実際に、麹の研究家の方が訪れてくださった際に『ここには良い菌がいる。大事にしてください』とのお言葉をいただきました。おいしいみそを造ってくれる良い菌なんでしょう」と語りました。

「井伊商店の味を好んで、遠い地に引っ越しても『この味噌じゃないとだめなんです』と通販で買い続けてくれているお客様もいます。味が変わればそのお客様も離れてしまう。それが怖くて、設備や素材を新しいものに変えることはできないですよね」。重要な役割を果たす麹菌は、もろぶたの木の繊維の中にも生きています。壊れるたびに修理し、ずっと大切に使い続けているのだそうです。

数ある味噌のうち、井伊商店が造る麦味噌は、主に九州全域や山口県、愛媛県で消費されてきたもの。麦味噌の特徴である「甘み」は、主に九州地方で好まれてきた味。醤油や酢、漬物や納豆、豆腐に味噌。日本の食卓には、昔から多くの発酵食品が並んできました。それらは各地方ごと、さらには家庭ごとに味わいが異なり、“家庭の味”を作る基礎になっています。

発酵食品の良さは「悪いことがないこと」

麹由来の甘さを持つ麦味噌には、米味噌や豆味噌よりも豊富に食物繊維が含まれているといいます。「麦に含まれる水溶性食物繊維『βグルカン』は、腸内環境を整えるのに役立つ栄養素です。麦味噌を食べ始めたことで便秘が改善されたとおっしゃられるお客様もいますね」。

味噌といえば味噌汁を思い浮かべますが、井伊さんは「麦味噌文化のない地域では甘みに違和感を抱く方もいる」と言います。麦味噌文化圏外の人におすすめの食べ方は、そのまま野菜に付けたりご飯に乗せたりする方法なのだとか。「もろきゅう感覚で食べてくださる方が多いです。マヨネーズと合わせてドレッシングにするのもいいですよ。冷奴に醤油代わりに味噌を付けることもあります。2歳の子を育てている方から『麦味噌を乗せたら子どもがご飯をたくさん食べてくれた』とお聞きしたことも。嬉しいですね」。

家庭の味や郷土料理を、次の世代にも引き継いでほしい

時代と共に、食も変化するもの。しかし、農林水産省が2020年12月に出した「国民の食生活における和食文化の実態調査」調査によると、和食を「好き」と答えた割合は8割以上。「やっぱり和食が好き」という人が多いことが明らかになりました。60年以上に渡り麦味噌をつくり続けてきた井伊さんは、「味噌に限らず、子どもの頃に食べた味を大切にしてほしい」と願っています。「遠くに引っ越して、送料もかかるのに、うちの味噌を買ってくださるお客様がいる。それって、うちの味噌がそのご家庭の味のひとつになれたということだと思うんです。お味噌汁を飲んでほっとする、ご飯にのせた味噌の味が恋しくなる、そんな存在になってくれるのは嬉しいことです」。それは味だけではなく、一緒に食卓を囲む家族との記憶にもむずび付いて“家庭の味”になる。そんなことが思い起こされるエピソードでした。

「2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたのは、出汁や発酵食品など、日本の食文化をなくしてはいけないというメッセージなのだと私は捉えています。でも毎日、出汁をとって料理を作るのはなかなか難しいですよね。我が家も共働きのため、出汁を取る余裕がない日もしばしば。そんな時は味噌に煮干しの粉末、乾燥具材を入れてお湯を注いだ味噌汁を用意することも。自身でできる方法で、家庭の味や郷土料理を大切にしていってもらえたら嬉しいですね」。

祖父母の代から子へ、子から孫へ、慣れ親しんだ味は脈々と受け継がれていきます。時代が激しく移り変わる中で、変わらないものは心にも安心感を与えてくれるでしょう。麦味噌の味を守り続ける井伊さんに、変わらない大切さを教わりました。

 

Profile)
井伊友博(いい・ともひろ)
1981年愛媛県宇和島市生まれ、在住。祖父が1958年に創業した井伊商店の3代目として、両親と麦味噌づくりを続ける。祖父の代から変わらない手作りの麦味噌は、常連客の家庭の味として長く愛され続けている。雑誌やNHKを始めとしたTV番組など、メディアで紹介される機会も多い。

公式サイト
https://iimiso.com/


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文/卯岡若菜