福井の美味を堪能する一夜限りのレストラン「POP UP RESTAURANT 福井」開催レポート
10月15日(火)にオープンした「POP UP RESTAURANT 福井」は、一夜限りのスペシャルレストランです。 昨年「食のFIELD WORK in 福井」で福井県をめぐった丸の内シェフズクラブのシェフ3名が、旅で出会った土地の食の魅力、素晴らしい生産者たちとの交流をもとに、福井県の食材を生かしたプチコースを提供しました。
また、会場には生産者の方々も駆けつけ、お客さまと直接会話を楽しみながら一夜限りのレストランを盛り上げてくれました。「20歳から約45年間、現役の漁師をしております。シェフたちにいったら怒られるかもしれんけど、今日はシェフのお店の宣伝に来たわけではありません。ここで福井の食材を召しあがっていただいて、皆さんにぜひ一度福井に遊びに来てほしいなって思いで、北陸新幹線に乗って丸の内までやってきました」(越前町漁業協同組合 山下義弘さん)
福井の美味を堪能しながら、福井へ思いを馳せた2時間。「POP UP RESTAURANT 福井」の開催レポートをお届けします。
当日の参加された方々は以下の通りです。
<シェフ>
●unis エグゼクティブシェフ 薬師神 陸さん
●BRIANZA TOKYO オーナシェフ 奥野義幸さん
●PIZZELIA GTALIA DA FILIPPO オーナーシェフ 岩澤正和さん
<福井県の皆さま>
●福井県 交流文化部魅力創造課 参事 朝井啓子さん
越前町
越前町漁業協同組合
●漁師 山下義弘さん
●漁師 山下富士夫さん
坂井市・あわら市
坂井あわらアグリカルチャー・スマイルクラブ
●サンビーフ齋藤牧場 齋藤 力さん
●ゆみたか農園 齊藤かおりさん
●フィールドワークス 吉村みゆきさん
●みやざき農園 宮嵜恵介さん
レストランがオープンしてすぐに、シェフたちはキッチンへ。
料理ができるまでの間は、福井県からお越しいただいた皆さまのトークタイムになりました。
初めにご登壇いただいたのは、福井県の朝井さんです。
福井県がどのような土地かを教えていただきました。
「福井県は本州のちょうど中部に位置し、日本海に面しています。県内は大きく分けて『嶺北地方』と『嶺南地方』に分かれます」という、朝井さん。さらに、2つの地方を旧国名でいえば『越前の国』と『若狭の国』に分かれると話します。
「越前の国は、平安時代の『延喜式』では“大国”と位置づけられ、中国大陸からの人の流入もあり、非常に栄えた土地でした。一方、若狭の国は、日本海側では珍しく複雑な地形が入り組んだリアス式海岸で、海底はミネラル豊富。そのため魚介類の宝庫で、古代、皇室や朝廷に食材を納めていた『御食国(みけつくに)』の1つでした」(朝井さん)
かくして、極上の美食をもたらす土地が備わっているだけでなく、豊かな文化が根付いたという福井県。その風土の中で育まれてきた伝統工芸の数々については、ただ継承するのではなく時代に合わせて調整を重ねながら、今も産業として人々の暮らしの中に息づいているのが特徴だそうです。
「さらに、平均寿命や子どもの体力・学力の高さも全国トップクラスです。社長の排出率、 女性の社会進出率や共働き率、あと持ち家率などもトップクラスで、日本総合研究所が2年に一度発表している都道府県別『幸福度ランキング』は、今年で6回連続1位になりました。福井は本当に住みやすいところなんだと実感しています」(朝井さん)
朝井さんの話が終わる頃、テーブルには「ウェルカムプレート」が運ばれてきました。
【ウェルカムプレート3品】
- さかい・あわら産 新米の食べ比べ
- 越前漁港直送 甘エビのお刺身
- 笹がれいの素揚げ
3品のうち、新米はみやざき農園(坂井市)、甘エビと笹がれいは越前町漁業協同組合が用意した食材です。
それぞれの生産者さんからコメントをいただきました。
「本日、食べ比べできるお米は『ミルキークイーン』『コシヒカリ』『いちほまれ』の3品種です。私たちはこれらを“だんご三兄弟”ならぬ“赤字三兄弟”って呼んでいて、はっきり言えば、ものすごく手間をかけ、コスト度外視でつくっているお米になります。その分、自信を持って皆さんに召し上がっていただけます。
『ミルキークイーン』は甘みが強く、モチモチとした食感が人気のお米です。日本で一番作付け面積の多い『コシヒカリ』はもともとは福井発祥。甘みとモチモチ感のバランスが良く、誰の口にも合うお米だといわれています。『いちほまれ』は福井県が新たに開発したブランド米です。大粒で、しっかりと粒感を味わえます」(宮嵜さん)
「甘エビは、日本海側ではどこでも獲れます。うちらも刺身として、醤油で食べますね。笹がれいは、大きいのは一夜干しにして天皇陛下へ献上品として出すんですけども、小さいのは漁師がまかないとして家で食べているような魚です。今日は干して少しカリカリにした一夜干しを、素揚げにしています。笹がれいはあまり出回っていないと思いますので、美味しいと思ったら、ぜひ越前まで食べに来てください」(山下さん)
次に登壇したのは、坂井市・あわら市からお越しいただいた若手農業者たちが集う農業団体「坂井あわらアグリカルチャー・スマイルクラブ」(以下、坂井あわらASC)の皆さんです。 坂井あわらASCでは、たとえばふるさと納税の返礼品として、米農家7名が参加して毎月異なる品種のお米が届く定期便を提供するなど、仲間で協力し合って地域を盛り上げていく活動をしているそうです。
会長をつとめるのは、サンビーフ齋藤牧場の齋藤 力さんです。
「坂井あわらASCは、僕のわがままで始めた団体です。お世話になった方にお中元やお歳暮を贈る時に、地域のおいしい食材をまとめて贈りたいと思って、皆からいろいろ集めたらすごく喜んでもらえたんです」。それがきっかけで「坂井あわらASC」を立ち上げたという、齊藤 力さん。本業は若狭牛の畜産農家「サンビーフ齋藤牧場」(坂井市)の2代目で、もうすぐ就農してから30年になるそうです。
「地域は後継者不足。畜産農家もどんどん減り、いずれ若狭牛が失われるのではないかという危機感があります。うちも経営は楽ではなく、今年から赤身肉の生産を始めました。日本ではサシの入った霜降り肉の需要が高いですが、熊本からあか牛を仕入れ、放牧飼育に挑戦しています。地元のテレビ局に取材に来ていただいたら反響が大きくて、今いろんなレストランからお声がけいただいていますが、育てるのに20カ月以上かかるため、この先どうなるかはまだわかりません」(齊藤 力さん)
次は、坂井市「ゆみたか農園」の齊藤かおりさん。5年前に夫婦で就農したばかりで、高糖度のミディトマト「華小町」のほか、梨、すいか、メロンなどのフルーツを中心に栽培していると話します。
「トマトは他とはひと味違う味わいを目指していて、特に大事にしているのが土づくりです。農家にとって土づくりは当たり前かもしれませんが、私たちはより良い状態にするために発酵の力を借りています。有機肥料とミネラル肥料に加えて、納豆菌、酵母菌、牛糞たい肥を使用し、発酵させてふかふかの土をつくるんです。すると根っこが張りやすくなって、栄養をいっぱい吸い、トマトがストレスなく元気に育つ。味がぐんと良くなり、旨みが出て、甘みが強いトマトになります」(齊藤かおりさん)
フィールドワークスの吉村みゆきさんは坂井市のお隣、福井県の西北端・あわら市からやってきた生産者さんです。日本海に面した約12ヘクタール(東京ドーム約2.6個分)の広大な丘陵地で、さつまいも「とみつ金時」を中心に、かぼちゃ、大根などを栽培しているといいます。
「日本の農業者は7割以上が65歳といわれる中、うちは平均年齢33歳という若いチームです。でも、私たちの地域はもともと戦後の開拓地で、『フィールドワークス』も夫の祖父が入植して始めたものですが、当時30軒ほどあった農家も3代目となる夫の代ではわずか5軒になりました。そういう厳しい状況の中で13年前に法人化し、新たに農業を始めたい若者たちとともに美味しい作物づくりに励んでいます」(吉村さん)
また、フィールドワークスでは少しでも農業を身近に感じてほしいと、子ども向けの食育活動やマルシェなどを開催し、多くの人に畑に足を運んでもらう試みをしているそうです。
最後は、みやざき農園(坂井市)の宮嵜恵介さん。先ほど、ウェルカムフードを供した際にお米の説明をしてくださったので、ここでは一言だけメッセージをいただきました。
「生意気なことをいってすみません。今年、お米が値上がりしていますが、決して高くありません! 正直、これまで水面下で努力しておりましたが、今、やっと呼吸ができるぐらいの価格となっております。ゆっくりと味わって召し上がっていただければ十分納得できると思いますので、ご理解のほどお願いします」(宮嵜さん)
続いてのご登壇者は、越前町からやってきた漁師の山下義弘さんと山下富士夫さんです。
山下義弘さんが船長をつとめる「幹昌丸」で獲るのは“越前ガニ”。一方、山下富士夫さんの船「大喜丸」で獲るのは“紅ズワイガニ”で、越前町漁港で紅ズワイガニ船は1隻しかないといいます。
「禁漁期間があり、越前ガニが獲れる期間は11月6日から3月20日まで。紅ズワイガニは、9月1日から翌6月30日まで10カ月間獲れますので、ほぼ約1年楽しめるカニです。また、越前ガニは水深200~400メートルのところに生息していますが、紅ズワイガニはもっと深く600~2,700メートルの広範囲に生息しています。僕が仕事をしているのはカニが一番よく獲れる水深1,000メートル前後のところです」(山下富士夫さん)
また、山下富士夫さんは“海の資源管理”を意識しながら紅ズワイガニ漁をしていると話します。
「乱獲してしまうと、やがて獲れなくなる日が必ず訪れますよね。それを防ぐために、獲る場所を制限したり、獲るカニを選定しています。カニって13回脱皮するんです。13回脱皮をすると、 1番上の親指の爪の部分がポンと大きくなりますが、私の大喜丸では爪が大きくなったカニしか獲りません。それ以外は、また大きく育って帰ってきてくれることを願いながら海の中へ放流しています。手間がかかってもこれを続けることによって、50年、100年経ってもずっと美味しいカニを残せるはずだと、頑張って取り組んでいます」(山下富士夫さん)
「越前ガニも、私らの若い時はもっとたくさん獲れたんです。昔は800トンくらいだったのに200トンくらいになって、しかもTAC制度(年間の漁獲量の上限を定め、漁獲量を管理する制度)ができてからもう大変。これからは乱獲を防いで資源管理をしていくことが一番大切なことだと思います。あと、地球温暖化で海が変わってきて、もともと沖縄や九州で獲れていた魚が越前まで上がってきています。福井で獲れていた魚が、今度は北海道で獲れてるんですね。私らも若い頃は30℃に達したら暑いと思ってたのに、今は35℃でも平気で外を歩けるように慣れてきちゃって。魚の場合は、水温が1℃違うと人間でいう5℃くらいの感覚です。地球温暖化ってやっぱ人間がしたことなんで、若い人も含めてみんなで守っていかないと。地球がなくならないように力を合わせて頑張りましょう」(山下義弘さん)
福井の皆さんの話を聞いている間に、テーブルへお料理が運ばれてきました。
本日のミニコースは、デザートまでの全4皿です。
越前がれい「極」フリットとセビーチェ添え 華小町のクーリ
福井食材 > 越前漁港の越前がれい「極」、ゆみたか農園のミディトマト「華小町」
「今日の料理には『9~12月に出荷される、重さ800グラム以上のメス』という越前がれいの新ブランド『極(きわみ)』を使用しました。昆布締めした生の越前がれいを、唐辛子が効いたソースでマリネして『セビーチェ』にし、ゆみたか農園のトマトをすり流しのように添えました。その上に、昆布締めした越前がれいを揚げた『ベニエ』というフランスの天ぷらをのせています」(担当シェフ:薬師神陸さん)
甘エビとトマトとレンコンのすりながしのピッツァ
福井食材 > 越前漁港の甘エビ、ゆみたか農園のミディトマト「華小町」、グリーンファーム角屋のレンコン、とろろ昆布
「ベースはレンコンをすりおろしたソースで、頭を付けたままの甘エビを中に入れています。甘エビの卵も、通常では廃棄してしまいますが、今回は塩漬けして上にのせました。さらに、“旨みの方程式”を完成させるべく使用したとろろ昆布は、日本が誇る食材の1つ。もともと北陸から広まった食文化だという歴史もあるので、食材の宝庫・福井県を表現する気持ちで加えました」(担当シェフ:岩澤正和さん)
紅ズワイカニのブイヤベースドリア
福井食材 > 越前漁港の紅ズワイガニとガザエビ、円山地区まちづくり協議会の「越のリゾット」(パエリア用米)
南イタリア風肉団子
福井食材 > サンビーフ齋藤の若狭牛、ゆみたか農園のミディトマト「華小町」、フィールドワークスの「とみつ金時」
「南イタリアらしいお料理を1皿に盛り合わせました。未利用魚からつくったブイヤベースの中に、水分を吸わせるために少し乾燥させたお米『越のリゾット』を入れて、紅ズワイガニとガザエビの身をたっぷりのせてグラタンのように仕上げました。その隣に添えたのは、若狭牛です。ミンチの牛肉とアーモンドやレモンなどを一緒に和えて、シチリアのトマト煮込み『ポルペッタ』にしています。トマトの『華小町』はすごく甘みが強かったので、 思ったよりも上品な味に仕上がりました。その下には、「とみつ金時」でつくったニョッキも入っています。情報量がいろいろと多いんですが、まずはリゾットから召し上がってみてください!」(担当シェフ:奥野義幸さん)
ブラックシャインマスカットと豊水のグラニテ ローズマリー香るブラマンシェ
福井食材 > 朝倉農園のブラックシャインマスカット「富士の輝」、ゆみたか農園の梨「豊水」
「ひと口大にカットしたブラックシャインマスカットに、アニス風味のリキュールに漬けた梨をアクセントにしたグラニテを添え、その下にはローズマリーのブラマンジェを敷きました。どこを食べるかによって味のグラデーションが変わるような構成で、ブラックシャインマスカットと梨の良さがそれぞれ引き立つようなデザートになっています」(担当シェフ:薬師神陸さん)
お料理とともに楽しむドリンクは、カウンターで販売していました。
お酒をセレクトしたのは、代々木八番「四季ごはん 晴れ間。」の 店主・中原知美さんです。
お酒はすべて、中原さんの目利きで選んだ福井の日本酒。
メニューは、「福井の地酒4種セット」(白岳仙 冷卸/早瀬浦 夜長月/雲の井 五百万石純米吟醸袋しぼり生原酒/ 完熟秋生純米吟醸生原酒)、10杯限定のスペシャル「黒龍 大吟醸 しずく」、「白龍 DRAGON KISS」です。
会場では、ゆみたか農園のミディトマト「華小町」、フィールドワークスの「とみつ金時」(ミニトートバック付き)を販売していました。いずれもすぐに完売に。
デザートまですべての料理が供され、POP UP RESTAURANTもクローズの時間を迎えました。
最後に、シェフたちの〆のコメントをお届けします。
「1年前に福井を訪れた時に、越前町の漁連のお母さんたちに『甘エビをフライにして』といわれて即興でエビフライをつくったんですが、甘エビを20秒だけ揚げて、甘海老の入ったタルタルソースで『甘エビwith甘エビ』の料理を初めて食べました。その組み合わせが斬新だと思ったことから、完成したのが本日の『越前がれい』の料理です。自分でも食べてみたら、脂の旨みが強くて『越前がれいってこんなにも美味しいのか』と再発見できました。デザートについても、アイスクリームにシャインマスカットの干しぶどうを入れて、ブラックシャインマスカットと梨と3つの食感を組み合わせた1品にしたんですが、これらの料理の発想は現地に行かないと生まれなかったものです。このような素敵な旅に参加する機会をいただけたことに感謝しています」(薬師神さん)
「昨年、食のFIELD WORKで福井を訪れましたが、僕にとってはシェフ同士で旅をできたことが良い経験でした。1人だと自分のフィルターでしか物事を見ませんが、他のシェフがいると気づかされることが多いんです。たとえば、今日の越前がれいのフライはすごくふわふわに揚がっていて、普段のかれいの食感ではなかったですよね。実際に産地に行った後で本日のような場を設けていただいて、こうやって調理すると面白いよ、とかシェフ同士で会話できるのは貴重な機会。また、生産者の方とも再会できて、まるで友達のように接してもらえるのも嬉しいです。自分の足で生産者に会いに行かないシェフって“引き出し”が増えないと思っていて、丸の内シェフズクラブの活動を通じてこれからももっと産地へ行けたら良いなと思います」(奥野さん)
「昨年、福井に行って『未来が明るい場所』だと思ったんです。よく『何にもない』といわれている地方には、実は何でもあったりしますよね。何があるのか、と聞かれれば、まずは“人”ではないでしょうか。地域を消滅させないためには『何を残していくか』を真剣に考えないといけないと思いますが、食のFIELD WORKで出会った福井の生産者さんは皆さんしっかりと未来を描いていました。僕たちはそんな生産者さんの商品を適正な価格で買って、応援していかねばならないですし、都市と地方のつながりを強化していかねばならないと改めて感じました。福井県は、世界に誇れるものがたくさんあるのでこれからもずっと守っていただいて、僕らは人と人がつながって未来を楽しく美味しくできるように活動していきたい。今後とも全国に仲間をつくって、みんなで素敵な日本をつくっていきましょう」(岩澤さん)
「POP UP RESTAURANT 福井」開催概要
【日時】 2024年10月15日(火)18:30〜20:30
【会場】 MY Shokudo Hall&Kitchen(東京都千代田区大手町2-6-4 TOKYO TORCH 常盤橋タワー3F)
【定員】 30名
【シェフ&ゲスト】シェフ: unis エグゼクティブシェフ 薬師神 陸さん/BRIANZA TOKYO オーナシェフ 奥野義幸さん/PIZZELIA GTALIA DA FILIPPO オーナーシェフ 岩澤正和さん 福井県の皆さま:福井県 交流文化部魅力創造課 参事 朝井啓子さん/越前町漁業協同組合 所属漁師 山下義弘さん/越前町漁業協同組合 所属漁師 山下富士夫さん/サンビーフ齋藤牧場 齋藤力さん/ゆみたか農園 齊藤かおりさん/フィールドワークス 吉村みゆきさん/みやざき農園 宮嵜恵介さん
撮影/佐野学