〈食のFIELD WORK in 福井〉 レポート1・2日目/福井市・越前町 編
「美味しさの本質」ってなんだろう…
その答えは産地(ローカル)にありました。
都心を飛び出し、シェフと巡った3日間。
〜EAT&LEAD食のフィールドワーク in 福井〜
<1・2日目:福井市・越前町 編>
一人ひとりが「食」と向き合い、真に食べる楽しみを知るために必要なことはなんでしょうか?
その答えを探すために、3名のシェフとともに産地を巡るフィールドワークを行いました。
私たちの身体を構成する「食」がどのように生まれ、どのように育てられているのか。
全国各地の生産者と深くつながり、その魅力を丁寧に伝える食の探求者であり、
伝道師であるシェフとのフィールドワークは、私たち消費者はもちろん、
産地の人たちにも新しい視点を与えてくれるはずです。
一緒に巡ったシェフの皆さん
unis chef 薬師神 陸さん
1988年、愛媛県生まれ。2008年辻調理師専門学校フランス料理講師としてスタートし、教育からテレビ料理監修など幅広く活躍。 2014年「SUGALABO」の立上げに同店のシェフとして尽力。 全国の600以上を超える生産者とのコネクションを生かし〝食のリテラシーを磨く〟をコンセプトに、商品開発、メニュー監修など多彩に活動する。 食のインキュベーション事業「Social Kitchen」と併設する「unis」で新しい料理人の働き方を自ら体現する。
ブリアンツァグループ オーナーシェフ 奥野 義幸さん
六本木ヒルズ「La Brianza」をはじめ、都内7店舗のブリアンツァグループの代表を務める。和歌山県出身。米国の大学で経営学を学び、会社員を経て、飲食業界へ。都内イタリアンレストランに勤めたのち、渡伊。イタリア8州で料理を学び帰国。2001年代官山「Ristorante la Brianza」を立ち上げ、2003年麻布十番へ移転後独立。その後、ブリアンツァグループを展開する。2021年には「BRIANZA TOKYO」を常盤橋タワー”TOKYO TORCH Terrace“にオープン。レストラン経営だけに留まらず、国内外のレストランコンサルティング、商品プロデュース等を手掛ける。今後、更にサステナブルやウェルネスをコンセプトとした取り組みにも力を入れていく予定。
PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO オーナーシェフ 岩澤 正和さん
1979年神奈川県茅ケ崎生まれ。家業がレストランだったため、小さい頃から厨房が遊び場だった。18歳より料理人の道へ。2002年にピッツァの本場・イタリアに渡航。帰国後は大手飲食チェーンでの調理指導等を務める傍、ナポリピッツァの世界大会に挑戦し、日本人として初めて2006・2007年2年連続表彰を成し遂げる。2012年に独立し、「PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO」を石神井公園にオープン。全国6店舗のgtaliaグループの代表を務める。国産小麦の推進や商品開発など、日本の食材を使った“人の繋がりで地域に根付くレストラン”を提案している。
食のフィールドワーク、第2回の舞台は福井県。
福井県といえば、「食育」発祥の地であることをご存知でしょうか。
幕末に福井藩に生まれた医師・石塚左玄氏が、1896年に著した『化学的食養長寿論』で、「学童をもつ人は、躰育も智育も才育もすべて食育にあると考えるべきである。」とし、体育、知育、才育の基本となるものとして「食育」の重要性を述べています。
また、「民族の伝統的食習慣を軽々しく変えるべきではない。地方に先祖代々伝わってきた食生活にはそれぞれ意味があり、その土地の食生活に学ぶべきである。」という現代の地産地消につながる、「入郷従郷(にゅうきょうじゅうきょう)」の考えを説くとともに、食の栄養、安全、選び方、組み合わせ方の知識とそれに基づく食生活が心身ともに健全な人間をつくるという教育、すなわち食育の大切さを説いています。
【 1日目 】福井県 福井市
一同を載せた飛行機は小松空港へ。そこから高速バスで福井市内に向かいます。
まずに訪れたのは日本最古の雲丹商「天たつ 福井片町本店」。日本三大珍味の一つ“汐うに”をはじめとした良質な海の幸を使った商品を多数取り扱う老舗です。
看板商品の“汐うに”は、バフンウニに塩をふり、水分を抜いて旨みを凝縮させた銘品で、江戸時代、福井藩主松平治好公により「戦時中でも持ち歩ける保存食を」との用命から、「天たつ」三代目が考案したと言われています。
当時は将軍家や宮家、他藩への“高価な贈り物”として重用され、「長崎奉行の持品のからすみ」「尾張公の持品のこのわた」と並び、限られた人だけが食べられる貴重なものでしたが、現代は名だたる料理人からの引き合いはもちろん、地元民の間では酒の肴としても珍重されています。
「こちらは北海道産のバフンウニを使った汐うに。昆布の多いところで育ったから、ふんわりと昆布の味がするんです。ぜひ、試食してみてください」そう言って、楊枝を差し出してくださったのは、「天たつ 福井片町本店」の宮﨑さん。
量は楊枝の先にほんの少しですが、舌に乗せた瞬間その濃厚な旨みがブワッと口の中いっぱいに広がり、なめらかな舌触りと磯の香りの余韻が続きます。
「本当だ、凝縮されたウニの旨みの後に、昆布の旨みを感じますね」と薬師神シェフ、「これは日本酒が進みますね」とソムリエのお二人も続きます。
「昔、浜では、小豆粒くらいの量の汐うにを上あごの裏につけて、お酒を1合飲んでいたという逸話もあるんですよ(笑)。やはり日本酒との相性が格別に良いのですが、ごはんとの相性も良いので、細巻きにして召し上がる方もいらっしゃいます」と宮﨑さん。
「天たつ」の汐うには添加物などは一切使わず、材料はバフンウニの卵巣と塩だけ。シンプルだからこそ、浜ごとのバフンウニの味わいを楽しむことができます。福井県産のバフンウニを使用した汐うには、甘味・旨み・苦味のバランスが最高。育った環境(海)によって、こんなにも風味に特徴が出るのが驚きでした。
そのほかにも、より手軽に汐ウニを食べられるようにした乾燥した粉状の「粉うに」や、レストラン向けに薄い紙状に加工した「のし雲丹」などを試食させていただきました。
粉うには口の中の水分やお料理の蒸気で水分を含み、汐うに特有の濃厚な磯の香りが立ち上がってオイルやバターなど油分との相性が抜群。のし雲丹は板状になっていることで、料理の創作の幅が広がりそうです。
創業200年を超える歴史と味を今に引き継ぎながらも、現代の食のシーンにもフィットする形を模索し続ける老舗雲丹商の熱量に感動しつつ、お店を後にしました。
続いて訪れたのは「蕎麦 やすたけ」。
「ミシュランガイド北陸2021」にも掲載された越前蕎麦の名店です。
福井といえば、言わずと知れた蕎麦どころ。日本蕎麦保存会が実施した「おいしいそば産地大賞2020および2022」において2連覇を達成した、まさに“日本一おいしい蕎麦どころ”といっても過言ではありません。
ここで、「福井の蕎麦がなぜおいしいのかご存知ですか?」そう話し始めたのは、福井県交流文化部魅力創造課 参事の朝井啓子さん。今回の「食のフィールドワーク in 福井」をアテンドしてくださる“福井の食マスター”です。
「福井の蕎麦のおいしさの秘訣は“在来種”にあるんです。全国各地で生産量増加や作業効率の高い“改良品種”の蕎麦が多く栽培されるなか、福井県は味の良い在来種にこだわって栽培していて、小粒ながらも濃い味わいが自慢。石臼で甘皮ごと丁寧に挽いているので、香りが強く深い味わいが楽しめるんですよ」と話します。
福井の蕎麦の魅力についてしっかり勉強した後は、「やすたけ」の蕎麦会席をいただきます。
蕎麦前は赤茄子のお浸しに鱧かつ、焼き味噌、福井名物の鯖のへしこに、季節の白和え…と目にも美しい盛り合わせ。
福井の旬の食材をたっぷりつかった肴に思わずお酒も進みます。
もちろん傾けるのは福井の地酒。日本有数の米どころでもある福井は酒造りも盛ん。
同じ土地で育った食材同士、合わないわけがありません!
このほかにも蒸し物や肉料理、天ぷらなど、福井の滋味をたっぷりいただき、〆に登場したのが「越前おろし蕎麦」です。福井県では冷たい蕎麦に大根おろしと削り節、刻みネギをのせて、つゆをかけて食べる「おろし蕎麦」が一般的。
「やすたけ」では、県内の契約農家から仕入れた玄蕎麦(在来種)を温度管理した貯蔵庫で保管。その日に使う分だけ、毎朝石臼で挽き、食感の異なる細麺と太麺に打ち分けているといいます。
まずは蕎麦に少し塩を乗せてひと啜り。
角がキリリと立ったつるりと心地よい喉越しとともに、蕎麦の芳醇な香りが広がります。
次に薬味とツユをかけてひと啜り。
薬味のピリリとした香味が蕎麦自体の甘さを引き立てます。
「もうお腹いっぱいだー!」と言っていた一行も、“蕎麦は別腹”と言わんばかりにペロリと完食。“日本一美味しい蕎麦どころ福井”の実力を噛み締めながら、デザートの甘味「羽二重もち」までしっかりお腹に納めたのでした。
【 2日目 】福井県 越前町
2日目は奥野義幸シェフ、岩澤正和シェフと合流して一路、越前町へ。
朝、ホテルエントランスで一行を出迎えてくれたのは、なんと恐竜ラッピングバス!
実は福井県は国内随一の恐竜王国。フクイラプトルやフクイサウルスをはじめ、恐竜の化石が続々と発見されているんです。また、2000年には福井県勝山市に「福井県立恐竜博物館」がオープンし、カナダの「ロイヤル・ティレル古生物学博物館」、中国の「自貢恐竜博物館」に並ぶ世界三大恐竜博物館の一つといわれています。約4500平方メートルもの巨大空間には、恐竜の全身骨格を多数展示。実際の化石を使って骨格を復元したものや皮膚の痕が手や背中に残るミイラ化した恐竜も展示されているそうです。
今回のフィールドワークでは博物館にお邪魔できなかったのですが、恐竜ラッピングバスで太古のロマンを感じながら越前町へ向かいます。
意気揚々と恐竜ラッピングバスに乗り込み、向かうのは「越前漁港」。 福井県は日本海と若狭湾を有し、海岸線沿いに4つの主漁港があります。主な漁場は越前海岸沿岸で、その距離は各漁港の目の前!早朝に小型船で出港し、漁をして昼過ぎには帰港できる近さであるため、水揚げした魚を新鮮なまま持ち帰り、いち早く出荷し、美味しい状態で食べることができるそうです。
福井県漁連 越前支所 支所長の井村和人さん、組合所属の底曳・定置漁師の山下義弘さん、福井県漁協女性部の山本尚美さんたちが出迎えてくれました。生憎、休漁になってしまったため朝競りの見学はできませんでしたが、資料と映像をご用意いただき、越前漁港について色々教えていただきました。
越前漁港は9〜5月の約9ヶ月間解禁される“底曳網漁”が盛ん。底曳網漁とは、海の底を網で曳き、海底の魚介類を獲る漁法のことで、越前町には、小型・大型含め50隻以上の底曳網漁船があります。これは福井県内最多を誇り、漁の中核を担っています。しかし、この越前でも年々漁船の数は減り、後継者不足の問題は全国共通と言います。 そんな越前漁港で欠かせないのが、11月6日から3月20日まで解禁される「越前がに(ズワイガニ)」漁。全体の約67%の漁獲額を「越前がに」だけで稼ぐそうです。
「戦争の影響で、海外から冷凍カニが入ってこないこともあって、越前がにの単価はどんどん上がっている」と話すのは、底曳・定置漁師の山下義弘さん。カニの漁場となる越前沖は、栄養素が豊富な冷たい水と表層の温かい水が複雑に混ざる海域。植物プランクトンが豊富になり、小魚、甘えびなどにも恵まれた漁場であり、餌が豊富なためカニも立派に育つそう。
越前漁港についてしっかり学んだ後は、女性部の皆さんの調理に加わります。 今回ご用意いただいたのは、越前漁港での漁獲量1位の「越前がれい(アカガレイ)」、「甘エビ」、幻との呼び声高い「越前えび(トゲザコエビ)」、「水べこ(げんげ)」、「ハタハタ」と多種多様な魚介たち。
「この越前がれいの体高はすごいよ。卵もたっぷり詰まっていて、かなり脂も乗ってそう。これは煮付けにしますか?」とシェフも興味津々。
「越前がれいはお刺身と煮付け、あとムニエルにします」と話すのは、福井県漁協女性部連合協議会の山本尚美さん。
9〜1月に一番脂が乗り、身が厚くなるという「越前がれい」。濃厚な味わいとジューシーさが特長で価格も手頃なことから、県内では煮物や焼き物、干物で食べられています。鮮度が落ちやすいことから、刺身で食べられるのは地元のだけのお楽しみ…でしたが、近年は各漁業者が「活〆」や「神経抜き」を学び、鮮度維持を実現!刺身ならではの甘みのあるコリコリとした食感を県外でも味わえるようになったそうです。
続いて、山本さんが手を伸ばしたのは、青い卵をたっぷりつけた甘エビ。するすると慣れた手つきで剥いていきます。
そのままお刺身でいただくのかと思いきや、「こちらは、三本まとめてエビフライにします」と山本さん。えええええ、なんと贅沢なエビフライ…。
「では僕がやりましょう!」と薬師神シェフ自らが箸を持ち、次々とフライを揚げていきます。
軽く火の通った甘エビは、プリプリとした食感の後、旨みと甘みがグンと押し寄せます。 揚げたてサクサクを手づかみで豪快にいただくのも、漁師町ならでは。
その横では、岩澤シェフが婦人部の方と煮付けの味付けを確認。 「身が分厚くて脂も多いからもう少し濃い味付けでも良いかも」「これでどうかな?」「うんうん、バッチリ!美味しい」とグーサイン。
奥野シェフは「水べこ(げんげ)」に注目。水深300メートル付近に生息する深海魚で、全身がプルプルとしたゼラチン質で覆われています。こちらはハタハタや甘エビの頭と一緒に煮込んで、醤油とお塩で味付けしたシンプルなお吸い物に。「とても良い出汁が出ていますね。身もプルプルしていて、コラーゲンたっぷり。これは女性に受けそうですね」とにっこり。
その後も、籠盛りの紅がにのボイルや、甘エビ、越前えびのお刺身をたらふくいただきました。
このように様々な種類の魚介が生息し、全国各地からの引き合いが引もきらない越前漁港ですが、困り事もあるといいます。女性部の皆さんからは、日々出てくる甘エビの殻や、卵の活用方法についての相談も。 「甘エビの殻をフランス料理でよく使われる“アメリケーヌソース”にすると、エビの頭や殻は濃厚な甘味と旨みが出るので、香味野菜を入れずとも、とても美味しいソースになりますよ」と薬師神シェフ。 奥野シェフからは「甘エビの卵は膜が硬いから、他の魚卵のように醤油漬けにすると時間がかかりますよね。甘みと旨みを際立てるために、塩とお出汁のシンプルな味付けで炊き込みごはんにしてみては?火が通ると薄いピンク色になって見た目も良さそう」とのアドバイスも。
多種多様な魚類の宝庫・越前漁港の豊さと、「美味しい魚を美味しいままに届けたい!」と尽力する地元・漁師、女性部の熱量を感じたひとときでした。
続いて一行が訪れたのは「越前焼の館」。 越前焼とは、地元・越前町の土を使って作られた焼き物で、釉薬を使わずに焼く「焼き締め」や、灰釉を中心とした素朴でぬくもりを感じる肌触りが特徴。県内には役80名の窯元が窯を構えています。
「越前焼は今から約850年前の平安時代末期から始まりました。硬くて丈夫な越前焼の水瓶や壺は、穀物や水を溜めておくため貯蔵庫として重宝され、北陸最大の窯業産地として発展しましたが、水道の普及や磁器製品の広まりによって需要が落ち込み、一時期衰退してしまったんです」と話すのは、越前焼工業協同組合の大瀧和憲さん。
そんな越前焼が再び注目されるようになったのは戦後のこと。日本六古窯に数えられるようになったことや、越前陶芸村が建設されたことにより、多くの陶芸家が全国から集ってきたそうです。現在は「焼き締め陶」の伝統を生かした種々の新しい作陶が試みられているそうです。
「たとえば…、こちらは光窯さんの酒器です。ぜひ手に取ってみてください」と大瀧さん。「わぁ、とても軽いですね。口に当たる部分がとても薄くて、口当たりも良さそう」と薬師神シェフ。
「こちらは、福井県工業技術センターと共同開発したきめ細かで粘り強い陶土で作りました。ろくろで極限まで薄く仕上げていて、飲み口の厚さは1ミリ以下です」と話すのは、光窯の司辻さん。この器は、「第55回全国推奨観光土産品」の工芸品部門で最高賞となる経済産業大臣賞を受賞するなど、従来の陶器では成し得なかった薄さを認められた逸品だそうです。「本焼きをする前は、釉薬をかけただけで歪むほど繊細なので、なかなかに気を使います(苦笑)」と司辻さん。全国各地にある焼き物との差別化がはかれる、“強度の強い土”と“薄づくり”の技術は、越前焼の現在と進化を語る上で欠かせません。
その他にも、アパレルショップやブランドとのコラボや、同じ福井の伝統工芸である「越前漆器」とコラボした盃を展開するなど、時代のニーズに合わせたものづくりにも取り組んでいるそう。 「とても小さな産地ですが、小さいからこそ小ロットで小回りの効く製陶ができるのが魅力。より多くの方に越前焼の魅力を知っていただくために尽力したい」と大瀧さん。
伝統を守りながらも時代の変化に合わせる柔軟さ。使い手のニーズに寄り添い、技術を磨く作り手の意識の高さに頭の下がる想いだった。
続いて一行が訪れたのは越前打刃物の工房「龍泉刃物」。
「越前打刃物」は、1337年に京都の刀匠千代鶴国安が刀剣制作に適した地を求め、府中(現在の越前市)に来住し、近郷の農民のために鎌を作ったことから始まったといわれています。1979年には、その歴史と技術が高く評価され、刃物産地として全国で初めて伝統的工芸品に指定されました。
「現在も昔からの技術を守りつつ、現代のライフスタイルに合った機能性やデザインを追求し、日本国内だけでなく海外でも高い評価を得ています」。そう話すのは「株式会社 龍泉刃物」代表取締役会長の増谷浩司さん。創業70年、産地内でいち早くステンレス鋼の製品化を進め、伝統技法を基本に、機能性とデザインのバランスを重視した製品を発信。2019年には工房横に直営店をオープンし、販売だけでなく体験や見学なども実施。観光産業にも力を入れています。
「越前打刃物は、日本古来の火づくり鍛造技術と手研ぎが特徴です。鍛造は刃物を製作する上で重要な技術で、曲がらず、折れない丈夫な刃を造ります。実際に工房に行って、どうやって作られているか見ていきましょう」と増谷さんに案内されて工房へ。
まずは鋼材を炉で熱し、何度も叩くことで金属の組織を均一にし、強い刃に仕上げていく「鍛造」から始まり、「焼入れ」「焼き戻し」「荒砥ぎ」、そして10段階で行う「研磨」、「柄仕上げ」…と、1本の包丁ができるまでに、気の遠くなるような工程を経ており、その一つひとつの工程が全て人の手で行われているといいます。
「昔は包丁づくりの要である刃付け業が主でしたが、現在は一貫生産工場へ拡大し、現在は8人の職人が所属しています」と増谷さん。長年、職人の育成に力を入れてきたかいもあり、最近では20代の若い職人も増えてきたそう。
「打刃物の現場は夏でも約1000度の炎にさらされたり、冬は身を切るような寒さのなかで水を使ったりと厳しい現場。若い人たちから敬遠されていた時代もありましたが、最近では伝統を継承するという誇りや世界に認められている自信が、若い人たちのモチベーションになっていると思います」と話します。
現在、フランスイタリアをはじめ世界15カ国、20店舗で取り扱われているという「龍泉刃物」。近年は、新分野のカトラリーやペーパーナイフなどにも挑戦。特に、ステーキナイフは世界中のレストランから引き合いが相次ぎ、現在も注文は4年待ちだと言います。「ただ、包丁の品質を最高の状態で販売しても、使い続けるためのメンテナンス(研ぎ)ができないと使い続けられない。そのためにも現地でメンテナンスをしてくれる拠点をつくりました」と増谷さん。
日本国内はもちろん、海外のプロの料理人からも絶賛される「越前打刃物」。伝統の技を継承しながらも新しい技法を生み出し、世界を舞台に挑戦を続ける姿勢に、日本の伝統工芸の明るい未来を感じました。
続いて訪れたのは、味噌蔵の「かせや」。
日本人の伝統食であるお味噌。一般的に北陸は「辛口味噌」に分類されますが、福井県は京都に近いことから白味噌の影響を受けたことや、全国有数の米どころでもあることから、米麹がたっぷり使われたやや甘めの「こうじ味噌」が特徴です。麹がたっぷり使われたお味噌は、味噌汁にしたときにぷかぷかと麹が浮き上がることから「浮味噌」とも呼ばれています。
「かせやは私で5代目、創業140年の味噌蔵です。お米は地元・福井県産、大豆は福井県大野市や北海道産を使っています」。そう話すのは、かせや 5代目の鈴木雅史さん。 「浮味噌」に使うのは大豆、米麹、塩のみ。余計なものは一切入れず、創業140年間ずっと変わらない製法でつくっていると言います。
米麹ももちろん自家製。玄米を薪窯で蒸し、麹菌をつけたら杉のもろぶたに入れ、30度に保たれた土室(つちむろ)で約48時間おきます。お米の周りがふわふわとした麹菌で覆われたら米麹の完成。大豆を薪窯で蒸した後、杵と臼でついて潰し、出来上がった米麹と混ぜ、木桶で1年間じっくりと自然発酵させた、まさに生きたお味噌です。
「浮味噌」をひと匙口に含むとまろやかな塩味の後、米麹の甘味がふんわりと感じられる。 そのほかにも、すり麹を使ったなめらか食感の「越味噌」や、24ヶ月熟成の「継味噌」、玉ねぎや黒胡麻、しそなどと合わせたおかず味噌も。その中でも特に一行が注目したのは「もろみ」。
「福井県に昔からある“食べるしょうゆ豆”です。そのまま食べても美味しいですが、ご飯にのっけたり、お肉料理の上にのせたりしても美味しいですよ」と話すのは4代目の鈴木成実さん。
「最近はお客様に見学いただけるように、工房の改修も行いました。小さな味噌蔵ですが、だからこそ昔ながらの道具を使って、余分なものを一切入れない丁寧な作り方ができる。自分たちの手をかけられる安心で美味しい味噌づくりを、多くの方に知っていただけると嬉しいです」と雅史さん。6代目の拓生さんも製造に加わり、この味を残すために尽力されているといいます。
創業130年、“ずっと変わらない伝統の味”を真心込めて。
大切につないできた鈴木さん一家の職人魂を見せていただいた。
続いて、一行が向かったのは、永平寺町・九頭竜川沿い。
日本有数の米所であり、豊かな水源に恵まれた福井県では、古くから酒造りが盛んに行われてきました。現在、福井県酒造組合には30の酒蔵が加盟していますが、そのほとんどが創業100年を超える老舗ばかり。蔵元によって個性が際立つ福井の地酒は、全国の日本酒ファンからも注目を集めています。
今回訪れた「ESHIKOTO」は、酒蔵「黒龍酒造」を擁する「石田屋二左衛門」が創造したブランドであり、お酒を核に福井を中心とした北陸の文化を伝える場所です。
「敷地面積は約3万坪、そのうち約1万坪に当たる部分に、お酒や食事を楽しんでいただく『酒楽棟』、スパークリング日本酒「ESHIKOTO AWA」の貯蔵セラーやイベントスペースを備えた『臥龍棟』が昨年オープンしました」と教えてくれたのは、ソムリエール・酒ディプロマの加畑未央さん。
今後さらに数年をかけて醸造施設や、醸造ラボ、オーベルジュなどが建設される予定です。
「ESHIKOTO」の語源は、「ESHI=良し」を表す古い言葉で、「ESHIKOTO=良いこと」の意味。また、逆から読むと「とこしえ=永久」になることから、「永久の豊かな時間」という思いも込められているそうです。
「自然と共生する美しいこの土地で、福井県にとっての“えしこと”を具現化し、訪れた人に福井県の魅力を体感していただきたいという8代目の想いが込められています」と加畑さん。
「臥龍棟」の天井の高さは約11メートル。創業220年を迎える黒龍酒造とほぼ同じ、樹齢200年の杉を使った一本木のカウンターも存在感を放っています。「地域のセミナーや社内会議、アーティストを招いてのイベントなども開催しています」と加畑さん。
棟内の貯蔵セラー「臥龍房」の壁や床には、福井県の希少な石材である笏谷石を使用。セラーを支える柱には、地元・永平寺の古民家から出た梁などを再利用しています。セラーの中には約8000本ものスパークリング日本酒が眠っていました。二次発酵の様子をチェックするためのライティングがなんとも幻想的です。
見学の後はお楽しみの試飲タイム。敷地内の「石田屋 ESHIKOTO店」でいただきます。 福井県の伝統工芸品「越前箪笥」の家具や、越前和紙の壁、笏谷石の床やカウンター、美山杉のテーブルなど、ふんだんに福井の素材を使った素敵な設に、思わずため息が漏れます。
ここでは「AWA 2020 Extra Sweet」や「AWA 2020 Extra Dry」、「永 五百万石」、「永 さかほまれ」など、ESHIKOTO限定のお酒を中心にテイスティングすることが可能です。刻々と表情を変える永平寺の美しい借景を眺めながら、グラスを傾けるひとときはなんとも贅沢。
シェフもそれぞれに味わいながら「これはコースのアペリティフに良さそう。もう少しドライなものはありますか?」と、カウンター越しにスタッフの皆さんに特徴を確認しながら飲み比べてていました。
私たちが訪れた10月中旬は、ススキが風に揺れる秋の絶景シーズン。
九頭竜川のせせらぎを楽しみながら、自然豊かな場所で地酒にグラスを傾ける。
お酒を核に人が集まり、福井の文化を伝えていく、そんな酒蔵の挑戦に胸が熱くなりました。
一行は2日目の行程を全て終え、宿泊先のある福井市内に戻ります。
夕食は「今朝訪れた越前漁港に上がった魚介類を中心に味わいましょう」と、和食海鮮ダイニングの「柳庵」へ。
旬の食材を中心に、福井ならではの新鮮な海の幸を気軽に楽しむことができます。魚介は市場を通さずに越前漁港から直送。夕方に締めたばかりの刺身の新鮮さ、美味しさは言うもがな、福井の山の幸や若狭牛など、福井の滋味を尽くした和食をコースでいただきました。
福井県副知事の中村保博さんも駆けつけてくださり、福井話に花が咲きます。
実は今から約10年前、EAT&LEADが「食育丸の内」として走り始めてまだ2〜3年の頃、「丸の内シェフズクラブ」のシェフの方達と訪れたのが福井県でした。そして中村さんは、当時フィールドワークに尽力してくださったお一人です。大学卒業後、福井県庁に入庁してからずっと、福井県のために尽力されている、福井県の名営業マンでもあります。
「今日はどちらを回ってこられたんですか?」「じゃあ、獲れたての甘エビは食べましたか?」「福井は海のものはもちろんですが、山のものも美味しいんですよ」「へしこにはやっぱり福井の地酒でしょう。私のおすすめは…」と、ウィットに富んだお話で一行を巻き込んでいきます。
中村さんオススメの地酒を飲み比べながら、1・2日目のフィールドワークを振り返る一行。
福井はとにかく“豊か”の一言に尽きる。自然豊かな海・山・里があって、それぞれの幸が豊富で。昔からの伝統工芸もしっかり残りつつ、現代の暮らしともうまく融合している。さまざまな幸福度ランキングで上位に選ばれているワケが、少しわかった気がしました。
1日目の食のフィールドワークで出会った人たち 【福井市】
・天たつ 福井片町本店
宮﨑さん
https://www.tentatu.com/
・蕎麦 やすたけ
店主 北谷敏一さん
https://soba-yasutake.com/
2日目の食のフィールドワークで出会った人たち
・福井県漁連 越前支所
支所長 井村和人さん/底曳・定置漁師 山下義弘さん/福井県漁協女性部 山本尚美さん ほか
http://jf-fukui.a.la9.jp/
・越前焼の館
越前焼工業協同組合 大瀧和憲さん/光窯 司辻健司さん
https://www.echizenyaki.com/
・株式会社 龍泉刃物
代表取締役会長 増谷浩司さん
https://ryusen-hamono.com/
・かせや
4代目 鈴木成実さん/5代目 鈴木雅史さん/6代目 鈴木成実さん
https://kaseyamiso.com/
・ESHIKOTO
石田屋 ESHIKOTO店 ソムリエール・酒ディプロマ 加畑未央さん
https://eshikoto.com/
・福井県庁
福井県福知事 中村保博さん
※このフィールドワークは2023年10月中旬に実施されました。