【インタビュー】スペシャル“麹対談” 助野彰彦さん×なかじさん×村上友美さん
突然ですが、ストレスを感じた時にお腹が痛くなるのは、脳が自律神経を介して腸に刺激を与えるためといわれています。一方、腸の状態が良くない時は、脳の中に不安感が広がることもあるそうです。そんな風に、密接に影響し合っている、脳と腸。コロナ禍を経て、時代がより求めているのは、腸を整え、疲れた心を癒す“発酵”ではないでしょうか。
日常にもっと“発酵”を取り入れてみたい──。
そう思う皆さんのために、HAKKO MARUNOUCHIの特別編「麹対談」をお届けします。
4月22日(土)に開催されたスペシャルトーク「おいしくてカラダに嬉しい発酵のはなし」のイベント終了後に、3名のゲスト、助野彰彦さん・なかじさん・村上友美さんに集まっていただき、さらにお話を伺いました。この麹対談をご覧いただけば、いつもの日常がもうひとまわり豊かになるヒントが見つかるかもしれません。
>HAKKO MARUNOUCHIスペシャルトーク
「おいしくてカラダに嬉しい発酵のはなし」開催レポートはこちら!
前編 https://shokumaru.jp/hakko_talk2023sp-1/
後編 https://shokumaru.jp/hakko_talk2023sp-2/
上の写真(左から)
・助野彰彦さん(創業約300年、京都で唯一の種麹屋「株式会社 菱六」代表取締役社長)
・村上友美さん(発酵料理家)
・なかじさん(株式会社 麹の学校 代表/麹文化研究家/元蔵人)
今、なぜ“麹”が必要なのか
助野さんは「麹の認知度を上げたい」、なかじさんは「家庭の台所に麹づくりの技術を伝えたい」、村上さんは「日々の料理に麹を取り入れ、もっと身近に“発酵”を感じてほしい」とおっしゃっていますが、3人の根底にある思いには共通して「麹の地位向上」があるように思います。現在、世の中で「麹」はどのような地位にあり、皆さんはご自身の活動を通じて何を伝えたいとお考えなのでしょうか?
助野さんは大学卒業後、家業の種麹屋を継いでから23年目。麹体験、麹ゼミなど、一般向けに麹を伝える活動も行っています
助野さん:今の日本には、手軽に空腹を満たすことができる環境が整っていますよね。近所のスーパーに行けば何でも買えて、家に帰ってすぐに食べられます。昔より、「食べる」という行為と、その食べ物を作る生産者との距離も広がりました。そんな社会の中で、麹はだいぶ存在感をなくしてしまったと思います。日常生活の中で「麹」という言葉を聞く機会はありませんし、かくいう私も20歳過ぎるまで、麹のことなど一切知りませんでした。でも、ここ10年くらいで、時代が大きく変わったように感じています。便利すぎる世の中に対して「ちょっとまずいよね」と気づき始めた人たちが現れて、麹に目を向ける人も徐々に増えてきました。私は決して能動的に動いたわけではありませんが、お声がけいただく機会が増えたので、皆さんの手助けをできたらいいなと、いろんな活動に取り組むようになりました。
なかじさん:僕の仕事は、主に「麹づくり」の技術を伝えることです。麹は家庭の台所でもつくれることをぜひ知ってほしいと思っています。自分で麹をつくることの大切さは、どうやって麹が生まれるのかを知ることだけではありません。麹からつくられる味噌や醤油、日本酒のこと、麹を土台にして築かれた和食文化のこと、麹づくりをきっかけに日本文化への知識をどんどん深めていくことができます。自分のアイデンティティが強まる、というか、日本文化を誇れるようになると、自分に自信が持てるようになりますし、そんな人が増えるほどに日本全体のしなやかさが増し、ゆくゆくは日本の発展にもつながっていくと思います。まずは、身近なところで私たちとともに生きている小さな微生物の存在に気づいてほしい。そこから生命の多様性を認め、新しい視点を持てるようになれば、もしかしたら普段の仕事のやり方やゴールだって変わってくるかもしれません。
なかじさんは、日本酒の蔵元「寺田本店」で蔵人頭を務めていた経験を生かし、独立後、オンラインスクール「麹の学校」を運営
村上さん:体に不調を感じたら、サプリを飲むとか、選択肢はいろいろありますが、実は「麹」で解決できるかもしれないことに気づいていただけたら嬉しいですよね。今の時代は、何でも新しいものに目が向けられがちですが、日本に昔からある食文化を活用しないのはもったいないと思うのです。私は仕事を通じて、麹を料理に生かすと、心も体も健康になることをお伝えしています。「調味料のさしすせそ」※に麹をプラスしたり、塩麹や醤油麹など、麹でつくった調味料に置き換えることをおすすめしていますが、それだけで体調が変わる人が多くいます。料理教室の生徒さんの中には、体調の変化を経験すると、今度は天然醸造のお醤油ってどうやってつくられているのだろうなど考えるようになって、醤油蔵へ見学に行ったり、その先の行動に結びつく方もいて。そうやって深掘りすると、今まで何気なく使っていたお醤油も価値を知った上で使えるようになって、一食一食をより大切にする気持ちにもつながると思います。
※調味料の「さしすせそ」:さ=酒または砂糖、し=塩、す=酢、せ=醤油、そ=味噌
麹には心の不調を整えてくれる力もあります。私も20代の頃は、常に理由のない不安を抱えていて、せっかちで、自動ドアも手で開けてしまうようなタイプでした(笑)。でも、今では明らかにそういう気持ちがなくなって、おそらく麹の効果ではないかと思っています。また、料理教室の生徒さんに聞くと、麹でつくった調味料を使うようになったら、今まで時短で簡単に済まそうとしていたのに、時間をかけて、思いをかけて、手間をかけて料理をするようになり、料理に手を動かしている間に心がゆっくり安定していくという人もいます。
村上さんは20代の頃に病気になり、発酵料理家の道へ。現在は、愛媛県・伯方島を拠点に活動しています
村上さん:最近は、私のように発酵料理をお仕事にされている方が増えていますので、日常に麹を取り入れる方法も見つけやすくなったと思います。でも、なかじさんのように専門家ながら、一般の方に向かって情報発信している人は他にいませんよね。私も困った時に相談できますし、世の中にいないと困る貴重な存在です。
なかじさん:僕が特殊な位置にいられるのは、運が良かったのだと思います。蔵に生まれ育ったわけでもなく、たまたま酒蔵に入ることになって、技術を学び、独立し、何もしがらみのない立場にいます。職人の仕事も、微生物のことも、仕事の原理もすべて理解しているので、蔵元さんや職人さんとも対等に話ができ、それを市場の人や一般の方にわかりやすく翻訳して伝える、橋渡し的な立ち位置です。それが運と縁によって与えられた自分の役割なのかなと思って、全うしていきたいと思っています。
助野さん:新たに麹を仕事にする方々が増えるのは、種麹屋にとってプラスの面しかありません。京都で老舗をやっていると、何か新しいことをやろうにも周囲の目が気になって躊躇しがちなところもあるので、外からいろんな方に入ってきていただけるのは有難いです。
最近では私の店にも海外の方が来ることもあって、麹は世界でも注目されていると感じます。こないだもフランスの方が来て、「しきりにUMAMI」と言いながら、種麹を2~3種類買っていきました。日本では、麹は古くから伝わるもので、その使い方はすでに決まりきっていますが、これから先、私たちは海外から新しい麹の使い方を学ぶことになるかもしれませんね。海外でとびきり美味しい日本酒やと味噌ができる時代になるのではないかと。
なかじさん:そうですよね。たとえば、北米の日本酒は、技術的にはあと5年くらいで日本に追いつくと思います。また、今ではガストロノミーの現場でも麹が使われるようになりました。もちろん、日本から来た新しい技術としての物珍しさや、近年話題の「持続可能性」や「地産地消」などのキーワードと麹がハマったこともあると思いますが、世界のトップシェフたちは、麹が醸し出す味わいや香りの魅力に気づいています。新しい文化というのは、日本のお茶が武家から庶民へ広まっていったように上流から下流へ広まっていくもので、今後、海外の麹文化もレストランから一般家庭へ定着していくと思います。日本とは全く違う文脈で、海外で新たな麹文化が育っていくのは非常に楽しみです。今後も動向を見守っていきたいと思っています。
麹と現代人の新しい関係を築く
助野さん、いわく「日々の暮らしに麹を取り入れる第一歩は、普段使っている塩を『塩麹』に、醤油を『醤油麹』に変えること」。そして、いつか家庭の冷蔵庫に麹が入っているのが当たり前になったら嬉しい、と話します。果たして、これから人々の暮らしに「麹」は浸透していくのでしょうか?
助野さん:家庭でいきなり甘酒を作ってみようと思ったら、ヨーグルトの保温器などが必要になるので嫌になってしまうかもしれません。塩麹と醤油麹ならつくるのが簡単です。なかなか失敗もないのではと思います。
村上さん:確かに、甘酒だと加温しないといけませんが、塩麹、醤油麹は常温でつくれます。ゆでただけの野菜も塩麹と合わせるだけで発酵食に変えられますし、常備しておくと便利です。つくり貯めして冷蔵庫に入れておけば、毎日、発酵食を食べる仕組みができます。
助野さん:私の家も、普通の塩・醤油は滅多に使わず、塩麹・醤油麹の方が圧倒的に使う頻度が高いです。塩麹や醤油麹をつくって、日常的に使う習慣ができると、今度は他のものをつくってみたくなったり、さらには発酵文化協会などで講座を受けてしまったり、「麹」にハマって抜け出せなくなるかもしれません。
村上さん:料理教室の生徒さんの中には、子育てが終わったので麹を育てる!という方も結構いらっしゃいます(笑)。実際、麹にハマってお仕事につながる方も多いですね。
なかじさん:麹はかわいいですよ。成長して、ふわふわになったのを見る瞬間も楽しいですし、短時間で成果を確認できるのも良い。育て始めてから3日間で上手くいったかどうかを確認できるので、ふわふわと成功していたら小さな達成感を感じます。その瞬間に幸せホルモンが出て、またもう1回やってみたくなるはず。さらに、どうしてふわっとするのか?など疑問が生まれ、深掘りしていけば知的欲求が満たされて、新たな喜びにつながります。発酵を体験し、学ぶことは、人生の中に喜びを増やしてくれる1つの手だと思います。
僕は、現代のライフスタイルに合わせた麹づくりを提案していますが、最近は電化製品の発達もあって、味噌も醤油も、あらゆる麹を使った発酵食が家庭でも比較的手軽につくれるようになりました。これから先、日本の食の未来は原点回帰がより進んで、おそらく今以上に麹づくりも、味噌づくりや梅干しづくりも、もっと気軽な形でできるようになるのではないか、むしろ一般の台所で発酵食をつくる文化を蘇らせたい、という気持ちがあります。
助野さん:昔は家で味噌を仕込んでいましたし、今はみんながつくり方を知らないだけですよね。味噌づくりって意外と簡単です。煮豆を潰し、塩を混ぜておいた麹と合わせて、丸めて樽に投げつける…で、半年くらい経つと味噌になります。それなのに、まるで敷居が高そうに感じさせているのは、私たち業界側の責任のような気がします。味噌も醤油も、つくり手は高い知識と技術で仕事に取り組んでいて、外からは見えないところも多いので距離がある状態です。一般に向けて少しかみ砕いて話をしたり、広く伝える場に出てきてもらえたら、麹や発酵への関心を持つ人がもっと増えると思います。
村上さん:自分でお味噌をつくってみると、お味噌屋さんへのリスペクトがすごく沸いてきます。職人さんと素人の味の違いがわかって、本物の美味しさに気づきますよね。つくり手に直接会える機会があれば、さらに上を目指し、味噌づくりに励んでしまうかもしれません。
丸の内にもっと“味噌汁”を
約28万人が働くエリア、丸の内。この街で「発酵」の力は生かすことができますか?との問いかけには、“味噌汁”の力を備えよ、と3人の意見がまとまりました。
なかじさん:朝の出勤風景で、コーヒー片手にオフィスへ向かう人の姿はよく見かけますが、丸の内では、コーヒーの代わりに味噌汁を手に持つのが当たり前になると良いなと思います。気軽に立ち寄れる“味噌スープスタンド”で買い、カップはコーヒーカップさながら、手に持っていてもカッコいいデザイン。味噌汁にはリラックス効果がありますし、腸が温まり、脳にエネルギーが伝わるので、仕事にも良い影響があると思いますよ。
村上さん:味噌玉も一緒に売ってくれたら、ランチのお弁当に天然醸造のお味噌汁が付けられますね。おしゃれなビジネスマンの方々に味噌玉を広く発信していただきたいです。お味噌汁って飲み慣れない人はずっと飲まなくて、毎日飲む人は「ないとダメ」な人が多いそう。ましてや自分の出身地域以外のお味噌ともなると、お味噌汁を飲まない人はどういう味なのか全く想像できない人も多いようです。もし丸の内で様々な地域のお味噌汁を試すことができ、自分の好きな味のお味噌と出会うことができたら、毎日飲んでみようかなと思う人も出てくるかもしれません。
なかじさん:東京で働いている方は出身地も全国バラバラなので、地元の味噌でつくった味噌汁が飲めたら嬉しいかも。疲れた時に、精神的に地元に戻れる、みたいな。僕は、朝の味噌汁には具はいらなくて、味噌だけの味噌汁が良いんですが、味噌の味わいを楽しむためにもその方が良いですね。
助野さん:東京の第一線で働く方々は、心も体も不調を抱えることが多いかと思います。でも、毎日、味噌汁を飲むだけできっと何かが変わります。麹の力を信じて、日々の習慣に取り入れてみてください。
【プロフィール】
株式会社 菱六 代表取締役社長
助野彰彦さん
京都市北区生まれ。家業の「菱六もやし」は京都で唯一の種麹屋であり、創業約300年以上の老舗。麹を利用する発酵食をつくるのに欠かせない種麹屋は数少なく、全国で約7社。菱六の種麹は、京都のみならず全国各地に出荷されており、日本の発酵文化を支えるといっても過言でないはず。産学官連携で米麹を用いた新規食品原料の開発を行うなど、麹の新たな用途展開を見出す。また、麹体験講座を主催、麹に関する講演も多数行っている。
https://1469.stores.jp/(種麹のオンライン販売ほか、体験講座等も受付)
株式会社 麹の学校 代表/麹文化研究家/元蔵人
なかじさん
1979年大分県生まれ。料理研究家・中島デコ氏に師事し、自給的暮らし・陰陽論を学ぶ。その後、造り酒屋・寺田本家に8年間勤め、蔵人頭としてお酒造りに従事。日本酒を通して麹・発酵の原理を知り、伝統的な自然発酵の手法を身につける。また、寺田啓介氏より発酵醸造と哲学を学んだ。その後、独立し、2016年にはオンラインスクール「麹の学校」の運営を開始。日本および世界中に日本の麹・発酵文化を伝えている。
https://www.nakaji-minami.com/
発酵料理家
村上友美さん
愛媛県・伯方島出身。発酵料理家として、発酵をテーマにしたオンライン教室「kitchen studio たべものさし」を主宰する他、黒麹甘酒や発酵調味料のオリジナルブランド「1day spoon」も手がける。毎月300件を超える黒麹甘酒の定期便は、人気殺到につき現在予約待ち。
https://tabemonosashi.com/