元気になるニッポンの味めぐり6 長野県飯綱町「ワイナリー・サンクゼールでぶどうの収穫体験」
京都の伝統野菜を使ったイタリアンレストラン「イル ギオットーネ 」。オーナーシェフの笹島保弘さんの右腕でとして長く研鑽を積み、現在は東京・代々木コードクルック (小林武史さんプロデュースのレストランで、笹島シェフが料理監修を務める)で料理長を務める井之上靖シェフが、厨房の仲間たちを連れだって向かったのは、長野県飯綱町にあるワイナリー「サンクゼール 」。長野駅から車で1時間。長野の名産でもあるリンゴを中心に、レタスやきゅうりなどの高原野菜の生産地として知られる飯綱町には、農業を志し、日本各地から農地を求めて移住する人々が世代を問わす多いという。それだけ食の環境に恵まれた場所だということだ。
株式会社「サンクゼール 」は、創業者である久世良三さんが開いたワイナリーを中心に、レストランとチャペル、デリカテッセンを併設した高原のリゾート。町を見守るように広がるその丘を、地域の人々は親しみをこめて「サンクゼールの丘」と呼んでいる。
「23年前に果物を使ったジャムの製造販売からスタートしました。現在はそれにパスタソース、ドレッシングなどの加工品が加わり、各地に直売所を作って自社製品を販売しています。自社で原料から作ることにこだわってきたので、意識しないままに6次産業になっていました」
社長の久世良三さんはサンクゼールの歴史をこう振り返る。ワイン造りをはじめたのは、ジャムの製造、販売が軌道に乗り始めたころだった。きっかけは、夫婦で出かけたフランス旅行。ワインの産地であるボルドーやブルゴーニュといった農村を旅しながら、その地域でワインを造りながら生活する人々に出会った。こんな小さな田舎町でも、世界的なワインやシードルを造ることができる。何より、村の人々が自分たちの製品に心から誇りをもっているということに深い感銘を受けた久世さんは、当時の飯綱町の町長に相談。ワインをシンボルにした新しい山村造りを提案。そして、久世さん自身もワインの製造免許を取得し、農業法人を立ち上げた。本格的にワインの製造にとりかかったのは1990年のことだという。
月日は流れ、今では長野県を代表するワイナリーに成長した「サンクゼール」。毎年、ぶどうの収穫時期に合わせて親しい友人やお客様を招待する「収穫祭」には、遠くは九州からこの日のためにやってくるという常連の姿も。この地域のぶどうの収穫は9月下旬から10月中旬まで行われている。
自らもイタリアへの留学経験があり、普段から世界各国のワインを扱っている井之上シェフにとって、実際のぶどうを収穫するのはこれが初めての体験。休日返上で長野までやってきたのは、この収穫祭が目的だったのだ。
現在、「サンクゼール」で栽培しているぶどうは、シャルドネ、メルロー、カベルネ、ピノノワールという種類。総面積10ヘクタールにもなる自社のぶどう園からは、折り重なるように信州の雄大な山々を見渡すことができる。ブドウ園には害獣除けの鉄条網などはない。収穫期になると野キツネや山鳥などの野生動物に畑を荒らされることもあるが、農薬の散布などもなるべく控え、自然に負荷を与えず、自然と折り合いをつけながらぶどうを育てるのがサンクゼール流なのだ。
井之上シェフが体験したのは、白ワインの代表品種でもあるシャルドネ。サンクゼールのフラッグシップである辛口の白ワイン「サンクゼール・シャルドネ」の原料となるぶどうだ。大人の腰の高さに統一されたぶどう棚には、小粒で黄金色がかった緑色のぶどうがたわわに実っていた。一粒、口に入れると何とも言えない甘味が広がる。収穫はもちろん手作業。中腰になりながらの作業は足、腰にこたえる。普段、農園のスタッフは、ぶどうのコンディションを考えて、この作業を夜明け前の暗い時間から始めるというから驚きだ。雨が少なく、日照時間の多いこの地域は、長野県下でも良質のぶどうが採れることで知られている。この環境がサンクゼールのワインの味そのものなのだ。
「僕たちは料理に合わせてワインの種類を考えたり、実際にテーブルでワインをお客様にサーブすることはあります。しかし、原料となるぶどうがどんな場所でどうやって栽培されているかは知りません。こうやってワインの作る過程を実際に体験するだけで、ワインに合わせる料理のイメージも変わってくるし、何より楽しいじゃないですか」
2時間ほどで収穫した1トンのぶどうの一部は、昔ながらの足踏み製法でぶどうの果汁が絞られた。サンクゼールでは、ブドウの茎と粒を機械にかけて分別した後、プレス機でぶどうの果汁のみを採取し発酵。その後、オーク樽で熟成させた後、ワインボトルに入れて3年熟成させるという。
収穫を祝って行われる昼食は、サンクゼールの中庭で行われた。突き抜けるような空の青と芝生の緑。雄大な信州の山並みを眺めながら、参加した総勢40名が一同に介し、久世さんご夫妻がこの日のために用意した子羊の炭火焼を頂く。テーブルの上を鮮やかなに彩るトマトは、同じく飯綱町で農家を営む重松ファーム・重松弘毅さんが作ったものだ。重松さんは、定年退職後、無農薬にこだわった野菜を作るため日本各地を転々とし、ここ飯綱町にたどり着いた。農業は自己流だが、日本海から採取した海藻を木酢液に漬けこんだものを、農薬、肥料かわりに使用し、作物に与えるのはやはり日本海の海洋深層水だ。数カ月に一度、自ら新潟の海に海水を汲みにいくという。巣数年前からこのサンクゼールをはじめ、地元のホテルを中心に野菜を提供している。
重松ファームの無農薬サラダをはじめ、自家製のチーズとパン。もちろん、サンクゼールのワインが並ぶ。そのどれもがおいしかったこと。井之上シェフも厨房での厳しい仕事を忘れて、この日ばかりは心身ともに癒され大満足だったと語る。「いつも厨房に籠って仕事をしていますが、こうやって、庭先に無数のハーブが咲き乱れ、新鮮な無農薬の野菜がふつうに手に入る。料理人にとっての再興の幸せはこういう風景の中にあると思います。この全てを東京で表現するのは難しいけど、長野の食材やワインを通じて、この風景の一部でも多くの人に伝えたいと思いました」
長野県には「サンクゼール」以外にも、エッセイストの玉村豊男さんが経営する「ヴィラデスト ガーデンファーム アンド ワイナリー (長野県東御市)」など優良なワイナリーがたくさんある。
一方、長野県=ワインというイメージがあるが、実は甲信越地方でも有数の酒どころでもある。今回は長野市と隣接する須坂市にある「遠藤酒造場 」さんを見学させていただいた。「渓流」というブランド銘の日本酒は地元でも有名。中でも、「朝しぼり出品貯蔵酒」は、「渓流」のもろみを低温熟成させ、アルコール度数を20%まで高めた逸品。朝しぼりの名の通り、日の明けぬうちにしぼった貯蔵酒を即瓶詰めし氷冷貯蔵した。国内外の日本酒品評会で、数多くの金賞と獲得するなどの評価を得ている。
今後、食育丸の内では、長野県のワインをはじめ、一年を通じて気温の寒暖差があり、個性的な生産者の多い長野県産の野菜、果物、そして日本酒にも注目をしていきたいと思っています。