元気になる日本の味めぐり05 東京から2000キロ、石垣島の人と自然が教えてくれたこと
「おもしろい!いやー、驚いちゃうよね。こういうの、お金に代えられない何かなんだよ。生産者さんに会うと、”一生懸命作ろう、こんな風に使ってますよ。”ということ、もっと伝えたいと思うんだな。」希望に燃える若い山人(やまんちゅ)との出会いに感動して、腕組みをしながら何度もうなずく遠藤料理長。
そしていよいよ海人(うみんちゅ)、勝水産の玉城勝行(たましろかつゆき)さんに会いに行く。
玉城さんの兄はマグロ漁師。玉城さん自身は、石垣港に上がる海産物の販売と加工を行なう傍ら、モズクやヤイトハタの養殖に取り組み、ダイビングを楽しむためのペンション、そして海人が作る島料理の店「さいごー屋」を営んでいる。
2ヶ月前、遠藤料理長が島を訪れたときには、養殖車エビの唐揚げ、小型ヤイトハタの蒸しもずくソースかけ、シャコガイの刺身、イカスミ焼そば、ブダイのフライ、カジキマグロのアーモンド揚げ、などオリジナル海人料理を玉城さんからたっぷりごちそうになった。今日はそのお返しに、玉城さんが用意した石垣島の魚で遠藤料理長が料理を披露する番だ。
その日遠藤料理長を待っていた魚は、ナポレオンフィッシュ、アカジンミーバイ、ヤイトハタの3種類(上写真左から)。どれも新鮮だ。そのうちの2尾を使って3品作ることに決めた。
「和食では、どうしても冷たい水で育った魚を好むでしょ?。その方が脂がのってるから。でも揚げる、蒸す、炒める調理法が中心の中華では、沖縄や石垣のような温かい海で獲れる魚、たとえばハタ系とか、脂が少なくて、ゼラチン質がある、ぶりっとした魚の方が合うんだよ。香港やシンガポールの魚もそんな雰囲気ね。」と遠藤料理長。
さっそく厨房へ移動。まな板の前に立つと、遠藤料理長がカサコソっと持っていた袋から何か取り出した。花谷さんの畑で採れたタイ唐辛子だった。そのタイ唐辛子を輪切りにして、まずはタレ作りから。
「ベースは酒、醤油、砂糖におろしニンニクで作るシンプルな万能タレ。冷や奴や、玉子炒め、野菜炒めにかけてもばっちりだよ。」そこにさきほどのタイ唐辛子の輪切りを加え、さらに中華鍋で熱した油を注ぐと、ジュッという音と共に香ばしい香りが辺りに漂う。最後にひと手間、熱した油を加えることで唐辛子の辛みだけでなく、甘みが引き出され、さらに半永久的に保存できるタレになるのだそうだ。
次に蒸し器の底にはみ出すくらいの大きさの月桃(げっとう)の葉を敷き詰めると三枚におろしたナポレオンフィッシュを皮目を上にして並べる。強火で8分蒸して、キャベツ、人参、玉ねぎなど手近にある野菜を刻んだもので魚を覆い、 再び熱々の油を魚の上からジュッっと振りかける。ここへ先ほどのタレを添えて「ナポレオンフィッシュの月桃蒸し、タイ唐辛子風味」が完成!
アカジンミーバイの身は皮がついたまま、包丁でたたき、すりつぶした豆腐、卵白と片栗粉と混ぜて団子を作り、魚のアラで取った出汁にアーサー(あおさのり)を加えてとろみをつけ、ふんわり、コリコリ、磯の香りたっぷりの「アカジンミーバイの団子汁」を作る。
さらに、別に取っておいたアカジンミーバイの身をそぎ切りにして塩・胡椒をなじませ、卵白をほぐしてもみ込むようにして、最後に油をまわしかけてコーティング。
「この後フライにする時に、このひと手間で魚の身が守られて、おいしくなるんです。」と遠藤料理長。
中華鍋を振るう遠藤料理長の姿にはプロの気迫が感じられる。その無駄のない動きに興味津々、つい身を乗り出してしまう玉城さんと「さいごー屋」の料理長。
熱した鍋肌に油が走り、アカジンミーバイのフライ投入。先に油通ししておいたタイ唐辛子も投入。合わせ調味料をからめて、最後にぐるっとごま油を回しかける。
四川料理では、油も立派な調味料なのだ。こうして白と緑のコントラストがまぶしい「アカジンミーバイのタイ唐辛子炒め」が完成した。
気がつけば外は日が暮れて、いよいよ石垣島の旅最後の夕食が始まった。食卓に並んだ迫力満点の魚料理を前に早速ビールで乾杯!
まずは「アカジンミーバイの団子汁」から試食した玉城さんがひとこと「優しい味だぁ。和食っぽいね。」と目を丸くした。
「芸がないかもしれないけどね、素材の味を生かすため、塩味だけで仕上げました。化学調味料も使いませんよ。」と遠藤料理長。ミーバイの身はしっかりしていて調理しやすい。赤い皮をわざと残して食感と色のバランスを取った。さらにアーサーの磯の香りがいっそう魚の風味を引き立てる。
「ナポレオンフィッシュの月桃蒸し」は、まず最初に感じる月桃の香りが印象的。「これは四川料理じゃないけど、四川料理のポイント”香り”を大切にしてみました。」あっさりと淡白な魚の身質にタイ唐辛子を効かせた濃いタレがよく合う。「辛い!」大きな体の玉城さんが一瞬縮こまると、食卓は笑いに沸いた。
「こっちの人はまじめな人が多いから、だんだん食材をいじりまわしたくなくなるんだな。お肉もお魚も、野菜も生きてるから、あとは料理人の腕で素材のよさを引き出してあげるだけでいい。」楽しいゆんたく(おしゃべり)は深夜まで続いた。おそらく遠藤料理長は石垣島の四季を追って、また島に戻って来るだろう。
島の東側には2013年に新石垣空港が開港する。急ピッチで工事が進んでいるのを見た。長い滑走路ができたら大型の飛行機が着陸し、沢山の観光客を運び、大きな資本が島に入って来るかもしれない。しかしここに生きる生産者と自然が紡ぐ時間は、これまでと変わらずゆっくりと流れてゆくに違いない。