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元気になるニッポンの味めぐり4 「福井県坂井市三国町編」

茹で立ての越前がにの旨さに絶句する

 冬の日本海の味覚の王者「越前がに」。その中には「献上がに」と呼ばれ、毎年、天皇、皇后両陛下をはじめ皇室に届けられる幻の越前がにもあるという。そんな越前がにの故郷・福井県坂井市三国町を訪れたのは、丸の内シェフズクラブ会長の服部幸應さんである。

「ズワイガニ大好きだね。この日のために1年前からスケジュールを空けたんだよ。冬の日本海、寒いねー。この寒さがカニだけじゃなく日本海の魚を旨くするんだね」。胸を高鳴らせて向かった先は、福井県を代表する景勝地・東尋坊を望む料理旅館「望洋楼」。ここで服部さんは意外な人の出迎えを受けた。フランス料理界の巨匠でもあり、丸の内シェフズクラブの活動を通じて日ごろから親睦も深い三國清三シェフ、その人である。「あれ、北海道出身の三國さんがなんで福井なの。そうか、三國って苗字はこの土地と同じじゃない。やっぱり何か関係があるのかな」。服部さんがそう話題を振ると、ニコニコしながら三國さんがその謎解きをしてくれた。

「僕は北海道の増毛町の出身。江戸中期、北陸の船乗りたちが大阪と北海道間を物資輸送しこれを売買して差益を得る「北前船交易」を始めた。僕の祖先は、その出発地だった三国町から船で北海道にやってきたんだ。港の近くに僕の苗字と同じ『三國』という漢字を書く社がある。ここは僕の2番目の故郷なんですよ」。なるほど、人に歴史あり。創業百有余年、今は料理旅館である「望洋楼」も北前船を仕切る廻船問屋として創業した。明治時代に入り、鉄道の発達と共に海運産業としての北前船は一気に衰退する。時を同じくして、当時の経営者が「廻船問屋」から「料理屋」、そして「旅館」へと商売のスタイルを変えたのだという。

 さて、いよいよ夕餉の時刻。名物の越前がにとのご対面である。体長約80センチ超、重さ約1.3キロ相当。このクラスになると15年以上の生きた証だという。献上がにと呼ばれるカニと同等クラスで、一日に三国港に水揚げされる300匹のカニの中で、このクラスは2、3匹しか獲れないという。しかし、なぜこの三国町のズワイガニが皇室への献上品に推挙されたのだろうか?この町で代々カニ問屋を営む五島水産有限会社の五島さんに教えてもらった。

「乱獲を防ぐためにカニ漁は毎年11月6日から3月20日までと漁期が決まっています。現在、三国港には13隻のカニ専門漁船がいますが、漁場となる沖合20キロ地点には三国以外の港からも船がやってきます。ズワイガニは底引き専用の網で水深200~300メートルの海底をさらって獲るのですが、カニは船に揚げてからが本当の勝負なんです。鮮度を保つため船の水槽で生かしたまま港に直行します。カニは生きているうちに冷水でしめて、すぐに釜茹でにしないとおいしくない。とにかく鮮度が重要です。三国以外の地域のカニはよく『お泊り』って言って、水揚げしてから漁港に隣接する市場でセリにかかるまで一晩かかります。しかし、三国の場合は漁場から港まで片道2時間程度なので『日帰り』が可能となる。つまり、この三国港に水揚げされたものだけに与えられる黄色いタグは、他の産地と比べて半日、時には丸一日も早く水揚げをした証拠。カニの鮮度の良さを保証するお墨付きなんです」。

ズワイガニは何度も脱皮を繰り返しながら成長する。年をとったものほど身のつまりもしっかりしていて、珍味とされる味噌の入りもいい。甲羅についたツブツブ状のものはカニビルの卵。カニビルの卵は脱皮間もないカニにはついていないことから、脱皮後の期間が長いカニ、すなわち身の詰まっている美味しいカニであることを示す証拠だといわれています。本日はそんな越前がにを刺身、炭火焼き、ボイルと3通りの調理法で食べ比べてみる。

 まず最初は活ガニを生で頂く刺身だ。鮮度のいいカニの身をパッと冷水に放つと、まるで牡丹が咲いたように華が開く。カニの本来の旨味を堪能するために、まずは何も付けずにそのままいただく。口に入れた途端にお二人の表情が変わった。それこそ鮮度がよくないとカニ刺しは味わうことができない。鮮度が命の生産地ならではの食べ方である。「いやー、旨いね。この旨味の塊を食べているような深い味わい。それでいて全く嫌な臭みも口の中に残らない。これは日本酒だなー」。服部先生はすでにご機嫌である。

次は生のカニ身と味噌たっぷりの甲羅を備長炭で炙った焼きガニ。あっという間に部屋中が香ばしい香りでいっぱいになる。カニの殻と身の間からフツフツと湯気が立てば食べごろだ。炭火で直に焼いたカニは生で食べるより数段甘味が増す。殻と身の間に箸を入れてしごけば、キュルキュルと弾力のあるカニ身が勢いよく飛び出てくる。そして、何よりの醍醐味が味噌の入った甲羅だ。グツグツ、フツフツとたぎる味噌をスプーンで一口。これまでの淡く繊細な味とは打って変わって、濃厚でいつまでも口の中にカニの旨味が広がる。言葉にならない表情で黙々と手を動かすお二人。

 そして、本日のメインディッシュは何と言っても茹でガニ。その姿の美しいこと。まるで日本海の向こうへ沈む真っ赤な夕日のような色をしている。望洋楼の女将さんが自らパキッ!パキッ!と豪快にカニを解体する。その手際の良さといったらない。カニ刺し、焼きガニと相当量のカニを食べているにも関わらず、お二人の食欲は止まらない。服部先生はアツアツのカニの身にかぶりついたかと思うと取材のことなど忘れてカニをしゃぶるように食べている。三國さんは、これぞツウの食べ方とばかりに、甲羅に溜まった味噌にカニの身をたっぷりとつけて口に放り込んだ。そして格闘すること30分。甲羅に注いだ日本酒を一気にキューっと飲み干してご満悦。夢のような宴の時間はあっという間に終わった。

「いやー堪能したね。しかも三國さんという最高の案内役がついていたからね。茹でる、焼くという原始的な調理方だからこそ、素材そのものが重要になってくる。さっきまで生きていたカニの生命力というかエネルギーをそのまま頂いた気がしますよ。あの見事な『茹で立て』のカニの旨さ。忘れられないなー。早速、来年のスケジュールも押えよう」。服部先生はよほど満足されたのか、あれだけ食べたのにもう来年に想いを馳せている。

まさに冬の旬の時期にしか獲れない越前がに。毎年、この冬の味覚を私たちが堪能できる背景には、地元の人々のたゆまぬ努力がある。一時期、乱獲によって漁獲高が激減し、一時は幻とまで言われた越前がに。今では漁期を決め、卵を抱いたメスカニ(セイゴガニ)に至っては、解禁から2カ月しか漁ができないという。こうした地道な三国町の人々の取り組みが実を結び、この町には毎年、多くの観光客が足を運ぶ。鮮度が命の越前がに。こればかりは、地元に足を運んでこそのまさに故郷の味である。

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