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EAT&LEADトークサロン 第8回「コミュニケーション力から見るレストラン経営哲学」開催レポート

2月6日(火)、第8回「EAT&LEADトークサロン-食べることから学ぶ、生きる力-」が開催されました。テーマは「コミュニケーション力から見るレストラン経営哲学 ~世代別プレイングオーナーたちと考える~」。食のつくり手と経営者、それぞれの顔を持つ2名のゲスト、ブリアンツァグループ オーナーシェフ・奥野義幸さんと飯尾醸造5代目当主・飯尾彰浩さんをお迎えし、EAT&LEADトークサロンのファシリテーター・薬師神陸さんとパネルトークを繰り広げました。

また、今回は「丸の内シェフズクラブ」の第2期メンバーのお披露目会も兼ねて開催。イベント後半には、丸の内シェフズクラブ第2期メンバーが具材を手がけた“手巻き寿司”を楽しみながら交流会が行われました。
>>イベント後半の記事はこちら

ここではEAT&LEADトークサロンのメインイベント、パネルトークの様子をレポートします。

 

パネルトークのアーカイブ動画公開中

 

パネルトーク:コミュニケーション力から見るレストラン経営哲学

パネルトーク「コミュニケーション力から見るレストラン経営哲学 ~世代別プレイングオーナーたちと考える~」は、4つのトークテーマに沿って進行していきました。

4つのトークテーマ

  • 3人が考えるよい企業とは?
  • メニュー開発手法から学ぶ、経営スタイル
  • 経営にもっとも重要なのはコミュニケーション
  • 人生のゴール設定について考える

まずはトークが始まる前に行った、ご登壇3名の自己紹介を少しずつお届けします。

ブリアンツァグループ オーナーシェフの奥野義幸さんは、米国の大学で経営学を学び、会社員を経てから飲食業界に入ったという異色の経歴の持ち主です。「今は、六本木ヒルズ『La Brianza』やTOKYO TORCH Terrace『BRIANZA TOKYO』など、14席ほどの小さなお店から140席の大きなレストランまで、全8店舗を経営しています。2年前にはアメリカ・ロサンゼルスで『MAGARI Hollywood』という店を出しました。ここはシェフパートナーとして参加し、あとは何人か向こうのシェフと一緒にやらせていただいているレストランです」

飯尾彰浩さんは京都府宮津市で「富士酢」を手がける、明治26年創業の「飯尾醸造」5代目です。「私は天橋立のある京都・宮津で小さなお酢屋をやっています。私たちのお酢は、60年前の3代目の祖父の時代から無農薬でお米を作るところから始め、清酒づくりを経て、お酢まで仕上げていくという工程が特徴です。そのほかに、築120年の古民家で『aceto』というイタリアンを営んでいます。また、同敷地内にある鮨割烹『西入る』さんをサポートしています。あとは、全国のお客様に手伝っていただきながら棚田を守る取り組みをしていたり、私は『江戸前シャリ研究所』の所長もつとめていまして、2年に1回、世界各地の名店の方々に宮津までお越しいただいて『世界シャリサミット』を主催しています」

「今日は会場に店のスタッフが見に来てくれているんですよ」というのは、EAT&LEADトークサロンのファシリテーターをつとめる、シェフの薬師神陸さんです。「私の店は虎ノ門ヒルズにある『unis』というカウンター8席のレストランで、日本の食材を使ってフランス料理を作っています。日本産以外で扱うのは、トリュフやキャビアなど、本当にごく限られてた食材だけですね。お店に隣接する形でソーシャルキッチンがあり、たとえばどういう流れで商品開発をすればいいのかわからない、ECで物を売りたいけど製造許可がないなど、困り事のある外部のシェフにお貸し出ししたり、企業のイベントで使っていただいたり、様々な使い方ができるプロ向けの食の拠点として活用いただいています」

自己紹介の後は、パネルトークへと移ります。
1つ目のトークテーマは「3人が考えるよい企業とは?」。レストランを安定的に運営していくためにどのような“経営哲学”をお持ちかをお聞きする質問です。

「レストランの経営は、以前より段々と難しくなってるのは間違いない」と話すのは、奥野さん。「もちろん物価の高騰、人件費も大変ですし、昔よりスタッフの労働時間も厳しくなりました。僕が若い頃は朝 6時から深夜0時頃まで週6日間働いていましたが、当時はそれが当たり前でしたよね。でも、今思えば、その当たり前は決していい慣習だったわけではありません。今は1日8時間勤務を厳守しています」

薬師神さんは「私の店はディナー営業のみで、全8席。お客さまは2名様でお越しの方が大半なので同時に4組、それが2回転するので1日約16名です」と話し始めました。なんでも、パズルのように8席にお客さんを当てはめる仕事が毎日発生するそうです。でも、収入源はレストランだけではなく、隣接するソーシャルキッチンの運営費もあるといいます。「収入の面も、料理人を育てる上でも、レストランに固執する必要はないと思います。ソーシャルキッチンで過ごしたり、レストランの外に出る時間も大切です。私はよく地方へ食材探しに行きますが、スタッフだって外に出る時間が多い方がインプット量も多く、レストランの雰囲気もよくなりますし、長く働きたいと思ってくれるかもしれません」

飯尾さんは、開口一番「うちのレストランは真っ赤です」ときっぱり。でも、お金を稼ぐためにつくったレストランではなく、ある意味成功している、と話します。「2軒のレストランはお酢屋の利益で運営していますが、これらの店は“ショールーム”としての役割を果たしています。飯尾醸造の商品を紹介する場ではなくて、 『丹後』や『宮津』という地域や街のショールームです」。レストランを始めたきっかけは、地元の街が衰退していく様に危機感を覚えたことだという、飯尾さん。今や、お酢や地元食材を活かした料理を供するイタリアンや鮨割烹を味わう目的で、地元に「年間1,000泊」のお客さんが訪れるようになったといいます。

続いて、2つ目のトークテーマは「メニュー開発手法から学ぶ、経営スタイル」です。メニュー開発のあり方にはその店ならでは経営スタイルが投影されるのではないか、という思いから「どのようにメニューを開発していますか」という質問が投げかけられました。

薬師神さんの場合、お店のメニューは全11品のコース。1カ月おきに全品入れ替えるとオペレーションが崩れるため、2週間に1回ほどのペースで11品の中から2品ずつ変えていき、1ヶ月半程度でほぼ全品が入れ替わるという体制を組んでいるそうです。「基本的に、すべて季節の食材を取り入れた料理です。メニューの開発方法は、最初に主役の食材を決め、あとは各地の生産者さんに連絡をとって収穫の状況を確認して、少しずつ使う食材を集めていきます。そこからどんな料理にするかは、私がアイデアを出すこともあれば、スタッフに考えてもらうケースも。レシピが完成した後も、もう少し何か足したいねとか、スタッフといろいろ会話して、今日より明日、明日より明後日はもっとおいしくなるように取り組んでいます」

全8店舗を経営している奥野さんは、スタッフの数も約60人という大所帯。全員が集まる機会は、年に1回あるかどうかと言います。「各店のメニューのベースは私の味になっていますが、開発方法には決まった流れがあるわけではありません。各店のシェフにはある程度一任していますので、メニューができたら私が味見に行ったり、私が『このレシピってどう?』ってシェフに投げることもあります。また、私は各地の生産者さんと出会う機会も多いので、いい食材が見つかると店舗に『これ使う?』って連絡して、新たにメニューが生まれることも。でも、いい食材と出会うとどうしても使いたくなるので、地方に行くほど食材が増えていくのはちょっと悩みどころです(笑)」

「メニュー開発は、シェフが好きなようにやっています」というのは、飯尾さん。「私がレシピを考えることはありませんが、シェフに食材を提供することはあります。全国各地に素晴らしい仕事をする生産者仲間がたくさんいるので、彼らが持って来てくれた食材をシェフに渡すこともありますし、お酢屋ならではの素材も提供しています。うちのお酢屋には酒蔵もあり、お酢をつくる前に清酒をつくっていますが、シェフはそのお酒を料理に使ったり、お酢をつくる酢酸菌の膜を煮詰めたものをソースにしたり、お酢があってこそ手に入る素材をメニューに活かしています」

「メニュー開発」の次は「コミュニケーション」が切り口。 3つ目のトークテーマ「経営にもっとも重要なのはコミュニケーション」では、リーダーとしてどのようにコミュニケーションを取っているか、どのように経営ビジョンを伝えているか、を聞きました。

日頃からスタッフとの会話が多い、というのは薬師神さん。「会話するのは、まかないの時間が多いですね。そこで自分がやりたいことは何でも言いますし、みんなに意見も求めます。たとえば、食材探しに行く回数を増やしたいねという会話になれば、そうなるとお店を閉める日が増えるので、その分、どう利益を上げようかということを話し合うことも。もしメニューを1,000円上げるとしたら、原価を 2%落とすとしたら、といった話ですね」

このように、日頃からコミュニケーションを取っている、と話す薬師神さんですが、スタッフの本音はどうなのでしょうか? というわけで、会場でお客さんとして参加していたスタッフにマイクが渡されました。
「いつも全員一緒にまかないを食べます。そのときに、新しいメニューの話から『土曜は営業が終わったら、みんなでお好み焼きに行こう』といった話まで、普段からそういうコミュニケーションを取っています。それがあるからこそ、みんな一丸となって仕事と向き合えるのだと思います」

奥野さんは、8店舗の約60人のスタッフ全員となるべく話すようにしているといいますが、その方法は“日報”なのだそう。「日報は店長や料理長が書いて、メールで送れば終了というのが普通ですが、うちの場合は全メンバーが持ち回り。で、書いて送ったら、私に電話を入れてもらいます。電話なんて面倒臭いだろうけど、メールではつながることのできない部分が直接声を聞くとつながれます。日報の書き方がおかしいときはアドバイスもできるし、お店の運営を自分事として捉える機会にもなるかもしれません。あと『今度、家を買おうと思っているんです』みたいな些細な会話も嬉しくて、一緒に飲みに行くことになったりもしますね」

飯尾醸造の経営理念は、「モテるお酢屋」。お客さまからも取引先からも、ひいては社会からもモテるために、全従業員が心をひとつにして取り組んでいるそうです。「たとえば、アメリカのNASAが宇宙飛行士の採用試験のために作成したコミュニケーションセミナー(コンセンサスゲーム)を2年に1回、従業員みんなで受けています。それに参加すると、自分のパーソナリティが可視化され、他の人との価値観の違いに気づきます。そして、相手に合わせて話し方を変えること、意見の異なる人とどうコミュニケーションをとればいいかなどを学び、みんなで広く愛されるお酢屋になることを目指しています」。また、名刺もコミュニケーションツールとして活用しているといいます。飯尾醸造の名刺は紙ではなく缶バッジで、お客さまとの会話を増やしているそうです。

また、日本全国のお店にお酢を卸している、飯尾さん。これまで料理人の方とやり取りする中で、印象深かったコミュニケーションはありますか?と問われると、エピソードをひとつ紹介してくれました。

「私が『江戸前シャリ研究所』を立ち上げるきっかけとなったのが、広島にあるお鮨屋さんです。ご夫婦でやっているお店で、どうもシャリの味が納得いかないということで相談に来られました。そこで、普段使っているお米とお塩を持ってきていただいて、ご飯を炊いて、一緒に酢飯のレシピを作ったのです。そして、今や予約1年待ちといった超人気店になりました。お鮨屋さんとシャリを考案するという共同作業をし、そのお店が成功を収めたことは私にとって励みになり、非常に意味のある経験でした」(飯尾さん)

最後のトークテーマは「人生のゴール設定について考える」。この先もまだまだやりたいことがたくさんあるというお三方に、最終的に目指したい未来の姿があるのか、お聞きしました。

薬師神さんの回答はずばり“和食”。「やはり日本人なので、いずれは和食を作ってみたいですね。もちろん伝統的な和食も好きですが、それ以上に、これから新たに和食を生み出すことにも興味があります。今はフランス料理を日本の食材で作っていますが、調味料まで使うと和食寄りのフランス料理になります。そこに器のこと、季節のことなど、日本文化をきちんと学んで取り入れていったら、さらに新しい料理になるかもしれません。最近、海外の人の方が日本文化に詳しいこともあるので、日本人として恥ずかしくないように、新しい形の和食はゴールの1つとしてチャレンジしたいと思います」

奥野さんは「ゴールは多分ないです。それよりも、料理人は今後どうなっていくのか、という方が興味があります」と話します。「時代の変化に対してネガティブに考える人って多いと思うんです。たとえば、昔より労働時間が減ったことにより、クラフトマンシップが消えるのではないか、料理の上達しないのではないか、といった意見があると思いますが、反対に、昔はYouTubeのように料理を教えてくれるメディアが皆無だったので、見よう見まねでやるしかありませんでした。私たち世代が『働く時間が短いのだから早く成長させてあげよう』という考えで取り組んでいけば、短期で伸ばせるいいアイデアが見つかると思いますし、結果、飲食業全体のクリエーションはさほど下がらないと思います」

飯尾さんもご自身のゴールより、次の世代へお酢屋を継承していくことが重要だといいます。「私は5代目で、いわば中継ぎです。そういう意味で言えば私の人生のゴールは関係なく、お酢屋がずっと続いていくといいなと思います。個人的には60歳くらいになったら、田舎の海のそばに引っ込んで、毎日釣りとかできるといいですね」

 かくして“経営哲学”という踏み込んだテーマでお届けした、パネルトークも終了となりました。
最後に、薬師神さんの締めの一言をご紹介します。

「レストランを経営するなら、お客さんはもちろん、働いてる人たちも幸せでいることが大切です。お客さんの顔色を見ながら経営するのではなく、スタッフ全員がやりたいことに挑戦し、自分たちが向かっている道がお客さんに自然と伝われば、いいレストランになると思います。あと、収益のウェイトが逆転するくらいソーシャルキッチンの取り組みを強化できたら、働き方の時間軸も変わりますし、多くの人と関わる機会をさらに増やすことができます。これからは『人と対話する時間を多く持つこと』も経営理念の1つにしていきたいです」(薬師神さん)

──そして、次はイベント後半へ。
パネルトークの後に会場全員で楽しんだ「手巻き寿司」交流会の様子をお伝えするとともに、イベント冒頭で行われた「丸の内シェフズクラブ」の第2期メンバーのお披露目についてレポートをお届けします。

撮影/大島 彩

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