愛媛の発酵食の奥深さを知る「HAKKO RESTAURANT」vol.2「日本の食文化『発酵』を次の世代につなぐ」レポート

つくり手である「生産者」と使い手である「料理人」を登壇者に迎え、食べ手である「消費者」が明日からの行動をどう変えていくべきかを美味しく考える一夜をお届けしています。5月19日(木)に開催された第2回目のテーマは、「日本の食文化『発酵』を次の世代につなぐ」。今回のつくり手は味噌蔵・井伊商店3代目当主の井伊友博さん、使い手はたべものさしの村上友美さんで、会場のMY Shokudo Hall&Kitchen には23名の参加者が集まりました。トークセッションや発酵食メニューを通じて、このプロジェクトの名前にも掲げられている「HAKKO(発酵)」の魅力を実感した当日の様子をレポートします。

vol.2のゲストはたべものさしの村上友美さん、井伊商店3代目当主の井伊友博さん

今回登壇していただいた村上さんは、発酵をテーマにしたオンライン料理教室「Kitchen studio たべものさし」を主宰し、黒麹甘酒や発酵調味料のオリジナルブランド「1day1spoon」も手掛ける発酵料理家。そして宇和島市にある味噌蔵・井伊商店3代目の井伊さん、ファシリテーターを務め、MY Shokudo Hall&Kitchen内「みそスープBAR」の運営者でもある二宮さんと、3人とも愛媛県出身者。そんな愛媛県には様々な名産品がありますが、麦味噌もそのひとつ。

「闘病を経て、麹に出会った」たべものさし 村上さんトーク

その麦味噌おむすびがお客様にとても好評で、現在はレギュラー商品にもなっているのですが、監修を手がけたのが村上さん。「発酵料理ならお手の物なわけですが、そもそもなぜ発酵に関わるようになったのでしょうか?」。この二宮さんの問いかけに、村上さんは20代後半で経験した闘病生活について語りました。

「29歳でがんの診断を受けました。先生になぜがんになったのか尋ねたところ、『あなたの場合はストレスと食生活です』と言われたのです。悪いものを食べていたわけではないし、ビタミンも摂っていたのに…。と当時は衝撃を受けました。人生のどん底でしたね。そこから食を見直し、栄養士資格を取れる学校に入りました」

「場合によっては5年後には亡くなっていたかもしれない」と先生に言われたという村上さん。幸い初期段階で治療を受けられたため、闘病期間は短期で済んだのだそうです。「助かった命を使って食を伝える仕事をしたい」。その想いを実らせ35歳で独立を果たし、食の大切さを伝える料理教室を開きました。

生徒さんから身体の不調についての相談を受けたり、「身体にいいものって美味しくないですよね」と話を聞いたりする中で、「じゃあ、身体にやさしくて美味しいものを」と一念発起した村上さん。自らいろいろと試すも、なかなか続けられるものに出会えなかったのだそう。そんな村上さんが、福岡で出会ったのが麹でした。

「麹作りについて学び始めた時に『これだ』と、まるで天啓を受けたかのよう。そこから発酵にのめり込みました」

それまでは「美味しくて楽しい料理教室」だったところに、発酵を採り入れはじめた村上さん。当初は生徒さんからは驚きや戸惑いの声が聞かれたのだそうです。

「中には『そういうものは求めていない』とおっしゃられる方もいましたが、一方で『知りたい』という方もいて、半々に分かれましたね。そのため、美味しくて楽しい料理教室と、発酵について学ぶ教室とテーマを分けてやっていました」

3年前からは発酵に特化した料理教室に切り替えたという村上さん。課題として感じていたのは「発酵を日々の食生活に馴染ませる」こと。「私自身、何も続かない人でしたから」と冗談を交えつつ、「どうすれば毎日の食事に発酵を、無理せずに採り入れられるかを考え、調味料の『さしすせそ』を麹に置き換えればいいと思い付きました。無意識の習慣にしてしまえばいいのだと。砂糖は甘酒、塩は塩麹、醤油は醤油麹といった具合ですね」。

置き換えであれば、あとは日頃の料理と変わりがありません。始めてみると、今までで1番続けやすいと体感できたのだそう。実は一般的な甘酒が苦手なのだという村上さんは、自分が続けられる甘酒を自ら開発。その経験を活かして、オリジナルブランド「1day1spoon」を展開し、黒麹甘酒のサブスクリプションサービスを手がけているのです。フルーティーな味わいで、現在定期便を利用している方は300人ほどに上るほどの人気ぶり。

「個人で作っているので、どうしても数に限界があるんです」と言う村上さんに、「麹は生き物だから非常に気を遣う。逆に少量で作ってらっしゃるのはすごいことです」と井伊さん。「最初は販売するつもりがなかったのですが、コロナの影響もあり急に甘酒が注目されるようになったんですよ。勉強しながら取り組んでいます。でも、麹のお世話をするのは本当に楽しくて。変な話、そのたくましく育っていく姿に涙が出ることもあるんですよね」と笑顔で語る村上さんの言葉を、参加者の皆さんは熱心に聞き入っていました。

インテリアデザイナーから味噌蔵の3代目に。井伊商店・井伊さんの麦味噌

ここで、後ほど参加者に提供される料理の仕上げのため、村上さんはキッチンに。井伊さんへバトンタッチ。稼業を継ぎ、味噌蔵の3代目を務める井伊さんですが、そのキャリアはとてもユニーク。「井伊さんのキャリアはインテリアデザイナーからスタートし、味噌蔵を継いだ方なのです。まず、なぜ継ごうと思ったのか、ルーツの話から伺いたいです」と二宮さんが問いかけると、経歴の意外性に驚いたような声が会場からも上がりました。

「出兵した祖父が戦地から生きて戻ってきたあと、味噌蔵で修行を転々としてから36歳で創業したのが井伊商店です。それを継いだ父は、元は建設業で橋を作っていたので、僕と同じように最初から味噌づくりをしていたわけではありませんでした」

「それは知らなかった!」と驚く二宮さん。井伊さんは「僕は建築家になりたくて、広島の大学に入りました。30歳で独立するのが夢で、山口県の設計事務所に入りました。3年で退社するつもりで懸命に学び、愛媛に帰郷。インテリア事務所で仕事をしながら将来の顧客探しをしていました。すると、やはり『帰ってこないのか』と家族に言われたのです」。

「継いだのは僕が長男ということもあります。あとは、下に2人いる弟の方が僕より出来がよく、いい大学に行っていたため、彼らに継がすのもなあ…、と思ったんですよ」。この発言には、思わず会場からも笑い声が。決め手となったのは「祖父の代から続く味噌蔵を潰してしまうのはさみしい」との想い。こうして、井伊さんは28歳で井伊商店の跡を継ぐことを決意しました。

なお、その当時、井伊さんに味噌の知識は全くなかったのだといいます。井伊さんの味噌の思い出といえば、「発酵させる麹風呂がある部屋に、よく叱られては閉じ込められていたこと。怖かったので味噌屋を継ぐのは嫌だったんですよね」。情景が浮かぶこのエピソードにも、二宮さん、参加者たちから笑いが聞こえました。

そんな井伊商店がある宇和島のエリアには、半径200メートル以内につい最近まで4軒の味噌屋がありました。残念ながら、最近そのうちの1軒が後継者問題により閉業となったそうですが、愛媛県宇和島の味噌屋の多さが伺えます。

それにしても、特に関東地方の人には馴染が薄いであろう麦味噌。はたしてどんな味噌なのでしょう? 井伊さんによる解説は九州地方の食文化からはじまります。昔は砂糖が高級品で、沖縄では偉い方との食事には砂糖を使ってもてなす風習があったとか。沖縄に近い鹿児島では、沖縄から砂糖が入ってきていた他、鎖国時代に外国との出入口だった長崎の出島では砂糖が扱われていました。そのため、九州には醤油に代表される甘いものの文化があり、近隣地域である愛媛県、山口県など、現在麦味噌が食べられている地域に、甘い麦味噌が浸透してきたのではないかと考えられているそうです。

しかし戦後、新幹線の開通や瀬戸大橋の完成など、物流が変わる中で、全国で多くを占める米味噌文化もこのエリアに伝わり麦味噌も徐々にその影に隠れるように…。

「2015年の麦味噌出荷量は全国で4.5%と少なくなってきています。麦味噌は美味しいのはもちろんですが、食物繊維が豊富で体にもいいんです。今日、召し上がって、気に入っていただけると思いますので、ぜひ皆さんで消費量の底上げをしてもらえたら嬉しいですね」との井伊さんの言葉に、うなずく参加者も見られました。

そんな井伊商店の麦味噌に使われているのは、愛媛県が生産量全国1位を誇るハダカムギ。大豆を一切使わない、全国でもかなり珍しい味噌蔵です。

井伊商店では、初代のころから変わらぬ製法を守り、現在でも機械を入れているのは製造工程中2カ所のみ。蔵も創業時から建て替えはせず、「蔵の写真を見せた人から『バイオハザードみたいだね』と言われるほど、カビだらけなんです」と井伊さんが言うように、歴史を感じさせる雰囲気を醸し出しています。

「なぜ、昔の製法を守るのですか?」という二宮さんに、井伊さんは「味が変わるのが怖いからです」ときっぱり。蔵や味噌作りに使う木製の蓋についているカビは、すべて井伊商店の麦味噌の味を作るために必要不可欠なもの。そのことがよくわかる話として、井伊さんはこんなエピソードを語ってくれました。

「コロナ禍になってから、味噌を仕込んでみたいという連絡をいただき、愛知県とイギリスの方に種麹と井伊商店が使っている蓋を送りました。同じものを使えば同じ味噌になるのかなと思っていたのですが、送ってきてくれた完成品を食べてみたところ、全く味が違ったのです。蔵に住んでいる菌やカビを含めた環境により味が変わるんだなと。変えてはいけないんだと改めて思いました」

麦味噌を始めとした発酵食メニューをご提供

ここで、本日のメニューが登場。今回のメニューはこちらです。

・宇和島 井伊商店の麦味噌を使った焼き豚たまご飯風
・大洲市 梶田商店の醤油麹たれ
・西予市 みそスープBAR自社農園の減農薬ごはん(にこまる)
・愛媛県産野菜のサラダ~愛媛県産米甘酒玉ねぎドレッシングをかけて~
・松山揚げと井伊商店麦味噌のお味噌汁
・愛媛県産フルーツの黒麹甘酒がけ
・【アルコール】新居浜市・近藤酒造の真穴みかんを使ったクラフトジンのジントニック
・【ノンアルコール】西予市・無茶々園の有機レモンを使ったさっぱりレモンサイダー

ごはんに使われた米は二宮さんとお父様親子が栽培しているもの。「まんまるい、粒の大きな米で、食べたらにこにこするということで『にこまる』と名付けました」と二宮さん。

順々にサーブされる中、キッチンから戻ってきた村上さんが、改めて今回使った井伊商店の麦味噌の特長、本日のメニューについて紹介します。

「井伊商店の麦味噌は、本当にいろいろな料理を美味しくしてくれ、それだけで味も香りも付けられます。今回は豚肉に付け、今治市のソウルフードである焼き豚卵飯に近いものに仕上げました。なお、焼き豚は本来味噌を使わないメニューですが、今回はあえて味噌を使って作りました。醤油麹を使って作ったたれを混ぜて食べてください」

汁物は、「味噌汁かスープか悩んだ」と明かしてくれた村上さん。最終的に、数日前に井伊さんが普段飲んでいる汁ものを聞き、わかめと松山揚げの味噌汁に決定したのだそうです。

試食タイム中にも、3人でのトークは続きます。麦味噌の使い方について、村上さんは「肉を漬けるときは短くて1~2時間。2~3日じっくり漬けてもいいです。オーブンで焼いてもいいですね。今回は30分ほど蒸して調理しています」と作り方を紹介。

「他に何に使えますかね」と尋ねる二宮さんに「1番はやっぱりお味噌汁。米味噌にはない甘さに癒されます。あとはマヨネーズと混ぜてキュウリに付けたり、ドレッシングに少し加えてもいいですよ。魚を漬けてもいいですね。漬けたあとの味噌は、味噌汁に入れて加熱すれば余すことなく使えます」と次々に麦味噌活用術が紹介されます。

とはいえ、味噌は育った土地のものが…という人も多いはず。そんな方にも「他の味噌と合わせても美味しいですよ。私も愛知県の豆味噌と麦味噌を合わせたりしています」という使い方も教えていただきました。

「使い方も堅く考えずに色々試していただきたいですが、発酵食の取り入れ方も自由に。特定の菌を摂ったらいいというより、いろいろな菌を摂るのがいいと思っています。菌には相性があるので、いろいろなものを試しながら、自分の体に合うかどうかを探っていくと楽しいですよ。そうすることで、飽きずに毎日何かしらの菌を摂り入れられるのではないかと思います」との村上さんの言葉を聞くと、早速いろんな発酵食を試したくなるものです。

「自分に合った発酵食を見つけてほしい」質疑応答タイム

最後は、参加者からの質疑応答タイムです。最初に寄せられたのは、「市場に出回っている味噌は本当の味噌じゃない。生きているお味噌と死んでいるお味噌があると聞いたことがあります。見分け方はありますか?」というもの。

まずは、井伊さんが「1番は表示を見ること。避けた方がいいのは表示内にカタカナがあるものですね。それは添加物が余計に入っているということですので」と回答。さらに、「味噌には加熱処理しているものと非加熱のものとがあり、腸にいいのは非加熱の味噌を生で食べることです。ただ、加熱・非加熱は表示が義務化されていません。1番いいのは蔵元にどんな作り方をしているか問い合わせること。うちの蔵にも食にこだわっている人から時に問い合わせがありますが、こうした質問はウェルカムです。直接確かめるのが1番ですよ」とのアドバイスも。質問した方以外の方も興味深くメモを取る様子が見られました。

村上さんは「本来の味噌は大豆、塩、麹が原料ですが、添加物を加えたものが世に出回っている背景には、私たち消費者が求めている現状を踏まえての経営判断があります。消費者の私たちが意識や行動を変えていくことで、発酵文化が長く続いていくのではないでしょうか」というメッセージを寄せてくれました。

続いては、「コロナ禍で運動不足になったのか、おなかが減らなくなった。発酵食品はおなかにガスが溜まると聞いて避けていたのですが、食べても大丈夫なのでしょうか」という質問。この疑問には、村上さんが次のように回答しました。

「発酵食といっても全て同じではなく、それぞれに特性があります。何か一つ好きなものを2~3週間ほど食べ、やめてみるといった実験をしながら体質に合うものを探してみてはいかがでしょうか。やめたあとに調子が良くなった場合、そのときに食べていたものは相性が悪いのかもしれないということが分かると思います」

知ること、そこから行動することで「発酵」を次世代につなげられる

あっという間の1時間半。最後に、井伊さんは「麦味噌は関東であまりなじみがないこともあり、今回のイベントに人が集まるか不安がありました。これだけの方が参加してくれてびっくりしています。ふるさとで食べてきた味噌汁を大切にしていただくことが、日本の発酵文化を守ることにつながるのではないかと思います。これからも体に良いものを摂っていただけたら」と挨拶。

続いては村上さん。「料理教室から発酵を広める活動を始めましたが、こんなに晴れやかな場で話を聞いてもらえる機会を得られるまでになり、感動しています。腸内を整えることは心にも影響があることが調査で分かってきています。今回の話から興味を持っていただいた方は、ぜひ発酵食生活を実践してもらいたいです。習慣化することで、気持ちが弱くなったときに助けてくれるんじゃないかなと思います」と語ってくれました。

知ることが、食文化を守ることにつながる。つくり手、使い手から話を聞いて知識を深め、舌で発酵食の魅力を再確認するひとときをお過ごしいただけたのではないでしょうか。3回にわたって、参加者のみなさんと一緒に発酵について学ぶ「HAKKO RESTAURANT」。第3回「震災から11年、災害・風評被害の解決の一歩」についても、レポートをお届けします。

>>「HAKKO MARUNOUCHI 2022 Spring」イベント概要はこちら

https://shokumaru.jp/hakkomarunouchi2022-sp/