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    対談:山口周さん

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“食”で取り戻す人間性。新しい価値は「衝動」から生まれる
対談:山口周さん

資本主義の在り方が問われるいま、新時代に求められる新しい価値をどのように生み出し、育てていくべきなのか──。「ビジネスは物質的貧困の解消という歴史的使命を終えつつあり、無限の成長を求める考えは本質的に破綻している」と著書『ビジネスの未来』で指摘したのが、山口周氏だ。この価値観に大きな影響を受けたというのが、「食」を通じた都市デザインと社会課題の解決に挑む「EAT&LEAD(イート アンド リード)」プロジェクトを率いる三菱地所の井上友美氏。新しい時代に求められる価値観を発信するふたりが、成長と持続可能性の両立が求められる時代に必要な「思考法」や「新たな価値」と、「食」がもたらす価値創造の可能性について意見を交わした。

「衝動」が解放された社会へ

井上:「無限の成長を追い求める社会から脱却すべきだ」という山口さんの提言には、強い衝撃を受けました。私たちは、企業活動を通じた経済成長を当然のように追求してきましたが、山口さんの新しい価値観に触れたことで、手がけていたプロジェクトのコンセプトそのものを見直すきっかけにもなりました。


1979年愛媛県生まれ。関西大学文学部卒。2007年新丸ビル開業時に、三菱地所入社。商業部門にて商業施設の企画運営、丸の内エリアのブランディング事業等に従事。丸の内再開発を機に、2008年より“食”を起点とした街づくりを掲げ、時代に応じた社会課題を捉えながら、健康・地方創生・女性活躍推進など幅広いテーマにてプロジェクトメイキングを行っている。「丸の内シェフズクラブ」「まるのうち保健室」他多数。

「ビジネスは物質的貧困の解消という歴史的使命を終えつつあり、無限の成長を求める考えは本質的に破綻している」という指摘は、まさに「私たちはどこにいるのか」という問いかけそのものだったと感じています。

山口:ありがとうございます。私は一概に「低成長」や「停滞」といったネガティブなキーワードで、日本の状況を評価するのは適切でないのではと考えています。

ビジネスの使命が「経済とテクノロジーの力によって物質的貧困を社会からなくす」ということであれば、先進国ではほぼ達成されつつある。でも地球の資源と環境に一定のキャパシティがある限り、成長を緩める必要があります。

であれば一概に「高成長」をよしとする価値観を、まず私たち自身が捉え直す必要があるのではないでしょうか。


1970年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史専攻修士課程修了。電通、ボストンコンサルティンググループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『ニュータイプの時代』など著書多数。

井上:「成長率」だけをものさしにして評価しようとするのは、物質的貧困が解決されつつある現代社会では適切ではないのかもしれません。

私は経済合理性や成長を追求する社会ではなく、ひとりひとりの幸せの価値基準や生きる力など「人間性」を育む社会に変わることが必要だと考えています。

山口:そうだと思います。人類が長らく夢見続けた「物質的不足の解消」という宿願をほぼ実現しつつあるいま、経済合理性の範囲内でなんとかできる課題はほぼ解決し尽くされています。

今も残されている社会課題の多くは、難度が高すぎるか、市場が小さいため企業が取り組んでも採算が合わないものばかり。そのために、新たなイノベーションが生まれずに「停滞」しているように見えてしまっているのです。

従来型の「経済合理性に根ざして動く社会」のままでは、これ以上の課題解決やイノベーションは見込めません。これからは経済性ではなく、人間性に根ざして動く社会に転換し、「衝動」で人が自由に動けるような社会基盤が必要だというのが私の考えです。

井上:「衝動」で自由に動ける社会とは、どのようなものでしょうか。どんな人にも衝動的な経験はあると思いますが、少なくともビジネスの場では歓迎されにくいようにも感じます。

山口:実はかつての20世紀は、人間の衝動がそのまま経済成長につながった時代でした。

たとえばパナソニックを一代で築き上げた経営者、松下幸之助は「主婦が家事労働に追われる社会を改善したい」、日清食品の創業者、安藤百福は「凍える冬に屋台に並ぶ人たちが家でもラーメンを食べられるようにしたい」という衝動に基づいて行動し、それが経済成長や社会の豊かさにつながりました。

目的を意識せず、心のままに行動をする。そんな衝動に突き動かされて、新たなビジネスが生まれてきたわけです。

ですが経済合理性で解決できる課題が解決され尽くしたいまは、衝動による行動は成長や採算が合わないものになってしまい、結果として社会を変えていけるはずの衝動も抑えられてしまっている。いつのまにか私たちは成長にハックされて、そうしたある種の「呪い」にかかっている人が多いと感じています。

思い込みという「呪い」

井上:「呪い」とは具体的にどういうことでしょうか。

山口:私がいう呪いとは、「人を動けなくする言葉や思い込み」のことです。

たとえば、「人に迷惑をかけてはいけない」などという社会的な規範や、「こういう時はこうするのが常識だ」などと決めつけるパターン認識などがその典型例です。

「東大を出たのだから一流企業へ行かなければ」といったこともまさにそうです。多くの人は無意識に自分に呪いをかけて、自らの思考や行動の可動域を狭くしてしまっています。こうした人の自由を奪う呪いは、その人の価値を小さくし、不幸にしてしまいます。

井上:耳の痛い話ですね。私たちは自分自身で行動を限定し、それにより価値を下げてしまっていると。

誰かの評価に流されるのではなく、それこそ自分の内側から込みあげてくる衝動を大切にする必要があるのですね。でも確かに振り返ってみると、私自身も自分の内面から湧き出る衝動に突き動かされてきたことが、現在のプロジェクトの成長につながっている感覚があります。

山口:まさに本来は衝動が先で、成長は後からついてくるべきものなんですよね。

井上:私は2008年からまちづくりのプロジェクトに取り組んでいますが、その方向性に迷うこともありました。でも山口さんの考えに触れて、「人間性に根差した衝動」を解放していいんだ、と再確認することができました。

私たちがまちづくりを推進する丸の内はたくさんのビジネスパーソンが働く街ですが、それこそ自分らしさを抑え込みながら働く人も少なくないように思います。

そうした丸の内のビジネスパーソンが本来持っている衝動を解放してほしい、豊かな生活を取り戻してほしい、という思いからも、新たに、食を通じた「幸せの価値基準」を育むためのきっかけづくりを行う、というプロジェクトのコンセプトを策定したんです。

毎日多くの人が行う「食べる」という習慣は、人間にとって最も身近な行動であり、本能でもあります。

コロナ禍で私たちは否応なしに自分と向き合うことになりましたが、一度立ち止まって「食」に対しても見直し向き合うことで、人間性を取り戻すきっかけとしたり、生きる力を育んだりしていけるのではないかと考えました。

山口:確かに食に関しての価値観は、海外と比較して日本は未熟な部分が多いと感じます。

食べるもの自体には豊富な選択肢が用意されているけれど、それを受け取る私たちに、成熟した豊かさがあるかといえば、そうは言えないかなと。一人で食事をする人がとても多いという状況も、豊かさとは程遠い気もしますね。

「食」を通じて人間性を取り戻す

井上:おっしゃる通り、食は本来、他者との対話を育む機会でもあります。

一般的に食の価値というと、グルメや美食に走るか、あるいは栄養バランスや健康という文脈で捉えられることがほとんどなのですが、私たちはそれだけではないと思っています。

「食べる」という行為を通じて、私たちはさまざまなものを受け取ります。味や香りはもちろん、目の前の食べ物を通じて自然とつながり、その産地や生産者、調理する人などに思いをはせることができます。

食を通じて感受性が解放され、人の想像力や人間性を育むきっかけになると考えているんです。

山口:であれば「料理」という行為の価値も、もっと見直されてもよいかもしれないですね。

調理のプロセスやその結果として生み出される料理は、その場でしか得られない価値であり、レジャーとしてもコミュニケーションの手段としても大きな可能性があります。

献立やコースを作るときに、どのような流れでどんな料理にするかは論理やデータだけでは決めることができないし、作る人や食べる人の感性が重要です。

そもそも料理は手軽にトライできる最も身近なクリエイティブ活動です。食生活をコンビニ弁当やインスタント食品などだけで済ましてしまう人も少なくないですが、食を消費するだけで終わってしまうのはもったいないですよね。

井上:そうですね。ただ確かに目まぐるしく回る日々のなかで、食と向き合う時間をつくる難しさもわかります。

そこで私たちは、食と向き合うきっかけをつくり、生活を豊かにするお手伝いをしたい。食の価値や体験を捉え直すことが、クリエイティビティや事業創造にもつながるはずだと考えています。

山口:クリエイティビティや創造というと、「自分には感性や創造性がないから」などと言う人がいますが、そんなの関係ないんですよね。

そもそも人が生きていくこと自体が創造活動なので、本来だれもがアーティストなんです。もし自分に創造性がないと思うのなら、それは自分で呪いをかけて本来持っているクリエイティビティを封印してしまっているのです。

たとえば、家をどうコーディネートしてどう住まうか、どんな音楽をかけてどんなものを置くかということも総合芸術と言えますし、家事だってそうです。三菱地所さんが手がけるまちづくりだって、まさしく総合芸術だと思います。

井上:ありがとうございます。まちの主役は人ですし、人の営みに欠かせない食を、私たちはもっと大切にしてもいいのではと思います。

美しい、おいしい、楽しい、香りがよい、ありがたい、食べたいといった食がもたらす感覚や衝動はもちろん、目の前にある一つ一つの食材から遠く離れた産地や人、そして自然に思いを巡らせ、エネルギーの循環を感じるきっかけにもなります。

食で五感を刺激しクリエイションを呼び起こすことが、「呪い」を解いて人間性を回復し、ひとりひとりが本来的な幸せに向き合える有効な手段になるはずです。

ただ当たり前になりすぎているだけに、日常の食事を通して食を捉え直すのは意外と難しいという現実もあります。

だから私たちは、ホームグラウンドである丸の内を起点に食を見直すスイッチを入れるための機会や場を作り出していきたい。「EAT&LEAD」の取り組みを、ひとりひとりの食を通じた「幸せの価値基準」を育むためのきっかけづくりとしていきたいのです。

五感が研ぎ澄まされ、おいしさを感じ、対話やクリエイションが生まれることで、食に対する感受性を高めることができます。

するといつしか、創作者や自然への敬意も生まれるはずです。責任ある消費の意識が高まることで共鳴を起こし、応援と成長の循環が生まれていきます。

このサイクルが繰り返されるうちに大きなムーブメントとなって、丸の内だけでなく社会全体の感受性が高まるきっかけに貢献できればと考えています。


TOKYO TORCH常盤橋タワー3階のMY Shokudo Hall & Kitchenにある「みそスープBAR」。食を通じて広がるコミュニケーションの場を生み出している。

山口:ビジネスパーソンは、自分にはあれが必要とかこれが足りないといった足し算の発想に偏ってしまいがちですが、呪いを解くには引き算の思考が必要です。内なる衝動を抑え込んでいるものを一つ一つ解除して、人間性を解放する必要があります。

これからの時代は、「やらずにはいられないからやる」という衝動から生まれるビジネスだけに、限界を超えられる可能性があると思っています。

衝動は誰にでもあるもので、たとえば仕事中につまらないと感じてその場を飛び出したくなることだって衝動です。

こうした一つ一つの内なる衝動は一律に抑えこむべきではなくて、自分が本当は何をしたいのかを問いかけるきっかけにしてよいのです。今日のお話を聞いて、改めて、食はまさに現代人が人間性を取り戻すきっかけになり得ると思いました。「EAT&LEAD」プロジェクトの取り組みに期待しています。

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