必要なのは選択肢とリテラシー。女性の悩みに寄り添い、ウェルビーイングな社会を目指して
ファミワン石川勇介さん
妊娠、出産について、気軽に相談できる場を
井上:石川さんとの出会いは、ファミワンを立ち上げられた直後の2015年ごろ。同じ2015年にまるのうち保健室で発表した『働き女子1,000名白書』では、「8割の女性が妊娠を望んでいるものの、妊娠や出産などライフイベントについての相談をする場がない」と感じていることがわかり、当時はまだ“妊活”について話題にしにくい時代でした。そのような時期に、“妊活”を全面的に押し出したサービスを立ち上げられたというのは非常に衝撃的でしたが、どういった経緯で起業されたのですか。
石川:一番は、自分も妊活に取り組むなかで、当事者意識が芽生えたというのが大きいですね。結婚後なかなか子どもを授からず、調べると妊娠についていろいろな情報が出てきました。ただ、エビデンスがきちんとある情報もあれば、よく分からないものもあり、既存メディアが発信する情報の信頼性に対して、強く不安を覚えました。妊活に悩む人に向けた正確な情報を提供する必要性を感じて、当時属していた医療系情報提供会社の新規事業として取り組もうとも考えましたが、事業の難しさ等から自身で起業しようと決意しました。
井上:ご自身も妊活のご経験があったのですね。しかし、センシティブな話題でもある”妊活”をテーマに起業するのはなかなか勇気がありますよね。奥様はどんな反応でしたか。
石川:正直に言うと、すごく反対されましたね。その頃ちょうど妊娠が分かったときだったのです。これから出産で大変になることが分かっているにも関わらず、会社を辞めて起業するのは不安要素だらけですし、妻の反応は当たり前だったと思います。しかし、そこで感じたのは、妊活中に感じていた不安は妊活が終わったら次は妊娠中の不安に変わり、やがて産後の不安へと、状況によって変化するということ。どれだけ当時悩んだとしても、終わった悩みに触れることは少ないのです。
井上:確かに、女性の悩みはどんどん移行していきますよね。
石川:出産した後は、子育ての大変さへ意識が向いていって、妊活の話題には触れられなくなる。悩みが移行してしまうことで、妊活に悩む人は多くいるにもかかわらず、世の中に認知されていかないことが課題だと強く感じたのです。20年後、30年後の子どもたちの代には、妊活を取り巻く環境が変わっていてほしい、変えていかなければと思いました。
妊活で悩んでしまう人を減らすために企業ができること
井上:ファミワンはLINEを使ったサービスですよね。LINEを通したやりとりは、bot対応のような機械的なイメージがあったのですが、実際に使ってみると、目の前に相談相手がいる感覚がありました。自分の悩みに対してとても細かく対応してくれるので、心が通う体験ができることにすごく感動しました。
石川:サービス開始時は、メールのやりとりやアプリ開発など、どういったプラットフォームを利用するか悩みましたが、登録も簡単なLNEを入り口にして、サービスを知ってもらおうと考えました。ファミワンのサービスは、一度使ってもらえれば価値を感じていただけると思っています。実際に、個人ユーザーの方からは「言えない悩みを吐き出せた」「心が軽くなったことで、行動が変わった」というような声をいただいています。
看護師や心理士などサポート側のスタッフのなかには、診療のなかでもどかしい思いをしてきた者も多くいます。クリニックに勤めていると、個人対応をするのはなかなか難しく、声をかけたいと思ってもかけられずモヤモヤした気持ちを抱えることも少なくありません。
ファミワンのサービスを通して、相談者の方に寄り添いさまざまな選択肢を提案できることは、専門家たちにとっても救いになっているところがあります。
井上:石川さんの取り組みでユニークなのは、自治体へのアプローチをしているところだと思います。妊活はこれまで世間に広がりにくい話題でしたし、当事者だけがある一定期間我慢してやり過ごせばいいと思われるところもありますよね。それでも、自治体へのアプローチを続ける原動力はどういったところにあるのですか。
石川:悩んでいる方や悩み始めている方のサポートだけでなく、悩む前からの支援が重要だと思っています。いざ、妊活に直面する前から「こんなことで悩むことがあるかもしれない」と知っておくことで、行動を変えることができる。そして、当事者だけでなく周りにいる人たちも、支えるためには妊活にはどんな悩みがあるのかを知っていることも必要ですよね。知識がないと、いざ相談されたときに対応ができません。妊活は、個々のサポートだけでは不十分で、周囲の人々の理解や正しい情報、そして幅広い選択肢が必要不可欠です。社会全体への啓発も考えたうえで、自治体や企業へのアプローチをしています。
井上:今後のサービスの展望や、どういう世の中になってほしいという思いはありますか。
石川:妊活というのが、世間的にフタをされやすいテーマということもあり、相談する場が少ないこと、そして情報が多すぎて取捨選別が難しいという課題があります。情報に惑わされた結果、大切な時間を失ってしまうという状況を変えていきたいですね。そのためには「悩む前から知りたかった」というケースにも寄り添う必要がありますし、潜在的な層にも妊活の課題を伝えることが大切です。ここがなかなか難しい部分なので、セミナーの開催やイベントへの登壇など、ソーシャルな活動には力を入れ続けたいと思っています。
“丸の内”から発信する意義。女性の課題がもっと「あたりまえ」になる社会へ
井上:2021年は、まるのうち保険室と共にセミナーやカウンセリングなど、働く女性に向けたウェルネスプログラムを実施しました。今後、まるのうち保健室との取り組みだからこそ実現してみたいことはありますか。
石川:その土地ごとに思い浮かぶイメージがあると思います。“丸の内”という街なら「働く女性」、「最先端の働き方」というイメージが強いですよね。キャリアにフォーカスされる街が、女性のライフスタイルを真剣に考えるというギャップが与えるインパクトは影響力が大きいはず。丸の内から、女性を取り巻く課題や、女性をサポートすることの重要性を発信することで、他の自治体や企業からも耳を傾けてもらえるきっかけになるのではないでしょうか。
井上:私たちは、キャリアも積みながら充実した人生を送ることを応援するうえで、結婚・妊娠・出産をはじめとするさまざまな選択肢があるということを提唱していきたいです。三菱地所は、世界に負けないまちづくりを目指すなかで、財産となる人々が心身ともに健康であることが非常に重要だと考えています。街のなかに選択肢を増やすための先導役として、企業やそこを訪れる人々へそういった価値観を伝えていく役割があるのかなと思っています。
石川:バリバリ働いているイメージがある丸の内の女性たちも、多くの悩みを抱えながら生きている現実があって、そこを企業がきちんと支えていくという発信はすごく意義がありますよね。
井上:社会全体として、まだまだ女性が持つ選択肢や健康課題に対するリテラシーが低いというのが現実です。個人をサポートするコミュニティーとしての企業や自治体、そして社会の在り方も考えていかなくてはいけないですよね。
石川:妊活や生理など、これまでタブー視されてきたことがだんだんとオープンになってきて、そういった内容について部下から突然相談される事例も増えてきています。けれども、リテラシーが不足しているとどういった対応をすべきなのか分からず、困っているという声も多いです。支える側も、自分ごとでなくても向き合うことが重要だと思います。
そして、当事者は鮮明な形で自分の未来を想像してほしいです。キャリアにおいてもライフスタイルにおいても具体的なビジョンを持つことで、想定しうる悩みについて事前に知識を得られ、選択肢や行動に広がりが生まれます。当事者も支える側も正しい情報を得ることが、これからとても重要となるのではないでしょうか。
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