About

「食育丸の内」とは、三菱地所の「都市と食に関する問題」に取り組むプロジェクトの一環です。「食」に関する様々な活動を通じて、生産者、消費者、レストランが共に手を携え、人々が一層、心身共に健康になれる社会づくりを目指し活動していきます。

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Chef's Club

丸の内エリアを中心に活躍されている、日本を代表する和食・フレンチ、イタリアン、アジアン、4ジャンルのシェフ26名によって構成される「丸の内シェフズクラブ」。ただ、調理するではなく、食育を合言葉に、実際に生産地に足を運んだり、子どもたちへの食育授業など様々な提案、イベント発信などを行っています。

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Contents

マルシェに行こう
イートアカデミー
旬のシェフズランチ
子どもの食育ウェルカムキッズ
シェフの履歴書
服部幸應の食育のツボ
私を育てた『あの時、あの味』
元気になるニッポンの味めぐり
ラブテリ東京&NYヘルスリテラシー向上委員会
Will Conscious Marunouchi
中村シェフと行く地元滋賀東近江の名産品
中村シェフは、地元滋賀東近江の名産品に注目! 第3回担当シェフ 中村成実さん(招福楼・若主人)

中村成実シェフ

 丸ビル36階にある「招福楼」の本店は、滋賀県東近江市八日町にある。京都からだと電車で約1時間、JR近江八幡で近江鉄道に乗りかえて八日市駅に着く。

 中村成実さんの父でもある先代の中村秀太良さんは、茶の湯を学び、禅、剣道を心得、昭和23年頃から自身の審美眼で招福楼を第一級の料理屋に育ててゆく。昭和50年代にここを訪れた文人たちは「けなげに日本料理の真価を発揮せしめようという新進、誠実な料理にめぐりあえた」と、その懐石料理を評していた。(参考文献「忘れがたき日本の味・秦秀雄」)息子である中村成実さんは、15歳のときに京都の禅寺へ小僧修行に入り、そこから高校、大学に通い、卒業と同時に得度出家し雲水修行を続けた。家業に戻ったのは修行10年後の25歳のときで、以降、厨房に入り向板、煮方を経て平成4年、37歳で招福楼四代目となった。


「御馳走とは、

 禅寺での小僧修行は中村成実さんにとっては、見方をちょっと変えてみると、料理人としての大きな修行でもあった。大根など自分たちの食べる分は畑で作る。そして葉から身まで大切に調理しいただく。お米は釜に薪をくべ竹筒で息を吹きながら火力を調整し炊く。漬け物ももちろん自分たちで漬ける。

 このような経験を持つ中村さんが、もうひとつ勉強しているのが茶の湯であり、先代から続く禅と茶の湯が招福楼の原点。料理はもとより室礼や枯山水の庭ひとつとっても、そこは日本の様式美が確立されている。

オサ平商店の赤こんにゃくは天日冷却製法(左)、雨どいのような長い型に流し込む(右)

オサ平商店の赤こんにゃくは天日冷却製法(左)、雨どいのような長い型に流し込む(右)


 さて、今回は中村さんが地元近江にある「赤こんにゃく」「近江牛」「近江・永源寺米」の生産者や管理者を案内してくれた。

 「私にとって御馳走とは、自分たちで "馳" せ回って素材を集めてこその料理だと思ってます」と中村さんは語る。最初に伺ったのは「オサ平商店」。店先では作られたばかりの赤い色をしたこんにゃくが、すだれ状に組んだ竹の上に美しく並んでいた。聞けば天日干しをしているとのことで、2時間ほど干すそうだ。



オサ平商店のこだわりを見守る中村さん(左)、普遍のこんにゃくも作っています(右)

オオサ平商店のこだわりを見守る中村さん(左)、普遍のこんにゃくも作っています(右)


 「赤い色はベンガラで染め、うちのこんにゃくは凝固剤の石灰をできる限り少なくしているので、ゆで立てをすぐに水につけると表面が溶けたようになってしまうから、干すことによって表面に薄い膜がはり外側が丈夫になるんです」と三代目店主の梅村貞一郎さん。「だから、オサ平さんのはやわらかくてもコシがあるんです」と中村さんが教えてくれた。旨さの秘訣は天日干しにあり。このひと手間が重要だ。こんにゃくの凝固剤はかつて他県では草木灰のあくを使っていたところもあったが、近江は古くから良質の石灰を産していたそうだ。

 オサ平さんは原料のこんにゃく芋を群馬からのものを取り寄せ、毎日2000個を作り出荷している。招福楼では、ここの赤こんにゃくを油煮してお客様に出している。(作り方を後のページで紹介)

 また、近江では、赤こんにゃくと永源寺の黒こんにゃくは冠婚葬祭の席には欠かせない料理なのだそうだ。


一堂に首を出してこちらを見る近江牛たち(左)、牛がベロリベロリと水を飲む風景です(右)

一堂に首を出してこちらを見る近江牛たち(左)、牛がベロリベロリと水を飲む風景です(右)。


 続いて近江牛の「岡喜本店」へ。こちらは1839年の創業。岡山健喜社長が牧場を案内してくれた。

 「牛は但馬牛をルーツに持つ黒毛和種で、近江牛は鈴鹿山脈から流れてくる源水を飲んで育ちます。ちなみに松坂牛も山脈の反対側になりますが同じ水源です。私どもは牛にストレスをかけないように育てることを心がけ、何かあったらすぐに獣医さんが見に来てくれます」と岡山社長。


 近江・永源寺米の「カネキチ寺田米雑穀」は、中村さんが特にこだわるお米を仕入れるところだ。向う車のなかで運転しながら「この道の左からお米が違う」とつぶやいた。カネキチさんのある東近江市永源寺エリアは鈴鹿山脈に源を発する愛知(えち)川が流れ、粘土質の大きな扇状地を作り、また、昼と夜の温度差が大きく、良質の米どころとなっている。「カネキチさんは水分調節装置により、年間を通して常にお米を一定の水分で精米(新米同様)しているので年間を通して水分1%ほどの差だけで安定しています」と中村さん。


永源寺のふもとを流れる愛知川(左)、粘土質の肥沃な土壌と昼と夜の温度差が利点(右)

永源寺のふもとを流れる愛知川(左)、粘土質の肥沃な土壌と昼と夜の温度差が利点(右)


 今回、中村さんから我々が学ぶことは、「あつかいが大事」ということ。つまり魚にしても野菜にしても収穫してから始まる管理(あつかい)のことだ。生産者は獲りたてを食べてもらいたい。料理人は獲りたての素材で作りたての料理をお客様に食べてもらいたい。近江商人には「三方よし」という『売り手よし、買い手よし、世間よし』という教えがあるが、それはあつかう人たちの志によって実現されていく。今回は収穫されたお米が呼吸していることをはじめ、中村さんに招福楼では普通のことを教えていただいた。


カネキチ寺田米穀はPL法「製造物責任法」に対応(左)、調質機(水分調節装置)で精米している(中)、鈴鹿山麓の澄みきった自然で育った近江永源寺米(右)

カネキチ寺田米穀はPL法「製造物責任法」に対応(左)、調質機(水分調節装置)で精米している(中)、鈴鹿山麓の澄みきった自然で育った近江永源寺米(右)


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元気になるニッポンの味めぐり

元気になるニッポンの味めぐり

日本には世界に胸を張る食材があります。
日本には一口食べたら体も心も元気になる食材があります。
生産者の日々の努力と、かけがえのない日本の風土が生み出す食材たち。
おいしいに人生を捧げた人たちの哲学に触れることで、まだ見ぬニッポンの食の奥深さを再発見しましょう。
私たちを元気にしてくれる、日本全国の生産者に出会う旅がスタートしました。

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2013.12.02

元気になるニッポンの味めぐり8 美しくも厳しい自然とともに生きる、福井県で出会った生産者さん

日本海と越前の山々を愉しめる自然豊かな福井県。恵まれた自然の恩恵を受けた海の幸も山の幸も堪能できる場所。そんな福井県、実は「食育」発祥の地としての顔を持つ。「食育」という言葉を最初に唱えた石塚左玄(1851-1909)は、「その土地の季節のものを食べる事が、最も健康的で栄養が豊富であり、それが自然であり、そこに住んでいる人に一番優しい食になる」と説いた。福井県の食べ物の美味しさに魅了されたからこそ生まれた言葉なのかもしれない。

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2013.10.01

元気になるニッポンの味めぐり7 知床・羅臼の「旨み」に出会う旅

北海道・羅臼町。世界自然遺産、知床半島の南東部に位置する町である。この名前を聞けば、誰もが頭に思い浮かべるのは「昆布」ではないだろうか。

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2013.01.16

元気になるニッポンの味めぐり6 長野県飯綱町「ワイナリー・サンクゼールでぶどうの収穫体験」

その地域でワインを造りながら生活する人々に出会った。こんな小さな田舎町でも、世界的なワインやシードルを造ることができる。何より、村の人々が自分たちの製品に心から誇りをもっているということに深い感銘を受けた。

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