About

「食育丸の内」とは、三菱地所の「都市と食に関する問題」に取り組むプロジェクトの一環です。「食」に関する様々な活動を通じて、生産者、消費者、レストランが共に手を携え、人々が一層、心身共に健康になれる社会づくりを目指し活動していきます。

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Chef's Club

丸の内エリアを中心に活躍されている、日本を代表する和食・フレンチ、イタリアン、アジアン、4ジャンルのシェフ26名によって構成される「丸の内シェフズクラブ」。ただ、調理するではなく、食育を合言葉に、実際に生産地に足を運んだり、子どもたちへの食育授業など様々な提案、イベント発信などを行っています。

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Contents

マルシェに行こう
イートアカデミー
旬のシェフズランチ
子どもの食育ウェルカムキッズ
シェフの履歴書
服部幸應の食育のツボ
私を育てた『あの時、あの味』
元気になるニッポンの味めぐり
ラブテリ東京&NYヘルスリテラシー向上委員会
Will Conscious Marunouchi
私を育てた『あの時、あの味』4 林綾野
思いもかけないインスピレーションや驚きを感じる経験をした、最初の瞬間だったと思います。

 印象的な食事はいくつかありますが、その中でも印象的なものは、中学2年生の時、旅行先で食べた「さくらんぼの冷製スープ」です。祖母と東北を旅行した際に、おそらくフレンチレストランでいただいたものだと思います。


 まだ14歳だったので、詳しいことはあまり覚えていませんし、量もほんの少しでしたが、ものすごく美味しかったことを覚えています。冷たくて、甘いけれどデザートほどでもなくて。どうしてこんなに複雑で美味しい味になっているんだろう‥ときょとんとしていた私に、レストランの方が「さくらんぼを裏ごししてスープにしたものです」と説明してくださいました。目の前の祖母に自分の驚きを伝えたいのに、うまく伝えられなかったのを覚えています。今思えば、料理人の方による手の込んだ料理から、思いもかけないインスピレーションや驚きを感じる経験をした、最初の瞬間だったと思います。

林綾野写真01

 これまで展覧会を手がけながら、アートを食という切り口から紹介する仕事をしてきました。現在開かれているトゥールーズ=ロートレック展とも、色々とご一緒しています。「ロートレックの食卓」という本を以前書きましたが、その中ではロートレックが残したレシピ集をもとに、現代風にアレンジしたレシピを紹介しています。本を作る際には、画家の生きた時代背景や居住環境を調べたり、現地の食事情を現地の料理本や料理雑誌なども参考にして読み取っていきます。実際に現地の方と一緒に料理を作ってみたりしました。その過程で、画家なりに料理に対して創意工夫をしていたこともわかってきます。自分の料理経験と重ね合わせながら、彼だったらどうアレンジしただろうということに想像力を働かせて、「画家の料理」を探りました。ただ、皆さんに紹介するレシピとして考えた時に、あまりにも現代とかけ離れすぎてしまうと、今の私たちの食欲を誘うような料理にはならないので、材料や作り方ではあまりギャップが広がらないように気をつけて、レシピを工夫しました。


林綾野写真02
 私自身が料理を始めたのは、中学生の頃です。両親に連れて行ってもらったお店の気に入った料理を再現する料理実験のようなことを、弟を巻き込んでよくやっていました。今も食べることは大好きですが、当時は育ち盛りで、おいしいものを思いっきり食べたいと思っていました。育ち盛りですからレストランで、「もうちょっと食べたかったのに」と思うことが多かったので、それなら家で作ってお腹いっぱい食べよう、と。「どうやったらあの味を作れるんだろう」と、見よう見まねで試行錯誤しながら料理していたので、よく失敗もしました。いつか、あのさくらんぼのスープも再現してみたいなと、ずっと思っています。


 母の料理は、いつもとてもおいしかったです。私の家族は5人家族で、父や弟がかなりの量を食べる人だったこともあって、母はたくさんの量を作ることが大変だったはずです。でも、母自身は、とても思いを込めて一生懸命に作ってくれていたということが今では良くわかります。そんな母の料理に、私は強く影響を受けています。外国で現地の友人に日本の料理を作る時、家で食べていたような料理を思い出しながら作ると、びっくりするくらい母の味に似ているんです。先日フランスで作った茶碗蒸しも、気がついたらまるで実家の味を再現したものになっていて、自分でもすごく驚きました。


林綾野写真03

 母の料理で印象的なものの1つに、ハンバーグがあります。母は玉葱がとても好きなので、玉葱を大きめのみじん切りにして入れたハンバーグをよく作ってくれました。実は、私は子供の頃、玉葱があまり好きではなかったんです。それはこのハンバーグが発端で、玉葱の辛さや歯ごたえ、繊維の感じが、子供心に苦手になったのではないかと後々思いました。でもある時テレビ番組で、外国人シェフが玉葱をしっかりみじん切りにしてなめらかな状態で入れているのを見て、子供心に「私はこの方法で作ろう。母のやり方は採用しない!」と決めて以来、私が自分でハンバーグを作る時には、玉葱はしっかりみじん切りにして下ごしらえをしています。でも最近になって、母が作るような、玉葱の存在感の強い歯ごたえのあるハンバーグもいいかもしれないと思うようになりました。


 食の経験というのは、そういう風に、思い出とトラウマを行ったり来たりして積み重なっていくのだと思います。その過程で、料理や食材との様々な出会いがあって、その人の食の世界がどんどん広がっていく。オープンマインドな状態でいれば、嫌いなものも好きになれることもありますし、好きだったものも形を様々に変えていくのだろうと思います。「ロートレックの食卓」を読んでくださった方の中には、ロートレックが好きで読んでみたらレシピ集が面白かったと言ってくださる方や、レシピ集に興味があって読んでみたら、ロートレックの生い立ちや人生の部分にすごく感動したと言ってくださる方もいました。これからはアートに限らず、皆さんの食の世界が広がる様々なきっかけを作るお手伝いをしていければと思っています。

文・行田圭

写真・亀田麗




「ロートレックの食卓」

写・「ロートレックの食卓

著・ 林 綾野 / 千足 伸行

林綾野

キュレイター/アートキッチン代表

美術館での展覧会企画、美術書の企画、執筆を手がける。アーティストと食、生活との関わりを研究。主な著作に『ロートレックの食卓』、『モネ 庭とレシピ』『フェルメールの食卓』(全て講談社・刊)などがある。




私を育てた『あの時、あの味』

人には忘れられない味があります。故郷のごちそう、母親の手料理、異国の地で出会った初体験の味。そして、行きつけのあの店のとっておきの味。人生という大きな舞台に「食」のシーンは欠かすことができません。ドラマチックな人生を送る、今もっとも輝いている人の味覚の歴史を辿ります。ぜひ、あなたにとってのあの時、あの味を思い出してみてください。

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Archives

2013.01.15

私を育てた『あの時、あの味』6 玉村豊男

長野新幹線上田駅から車で20分ほどのところにある長野県東御市に移住したのは今から22年前、1991年のことです。私はそれまで軽井沢に住んでいたのですが、ある人からこの土地を紹介されて、一目でこの丘からの風景に惚れてしまいました。

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2012.12.18

私を育てた『あの時、あの味』5 細川モモ

私が10代の頃、両親が末期がんの宣告を受けました。その時、病気になってから病気を治すのではなく、病気になる前から健康を守る「予防医療」の仕事がしたいと思ったんです。

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