About

「食育丸の内」とは、三菱地所の「都市と食に関する問題」に取り組むプロジェクトの一環です。「食」に関する様々な活動を通じて、生産者、消費者、レストランが共に手を携え、人々が一層、心身共に健康になれる社会づくりを目指し活動していきます。

詳しくはこちら

Chef's Club

丸の内エリアを中心に活躍されている、日本を代表する和食・フレンチ、イタリアン、アジアン、4ジャンルのシェフ26名によって構成される「丸の内シェフズクラブ」。ただ、調理するではなく、食育を合言葉に、実際に生産地に足を運んだり、子どもたちへの食育授業など様々な提案、イベント発信などを行っています。

詳しくはこちら

Contents

マルシェに行こう
イートアカデミー
旬のシェフズランチ
子どもの食育ウェルカムキッズ
シェフの履歴書
服部幸應の食育のツボ
私を育てた『あの時、あの味』
元気になるニッポンの味めぐり
ラブテリ東京&NYヘルスリテラシー向上委員会
Will Conscious Marunouchi
日本橋「とよだ」橋本亨氏「新しく生まれ変わる街に合わせて料理屋も変化することが大切なのです。」 文久三年から受け継がれてきた割烹料理店「とよだ」

 「とよだ」の創業は幕末の文久三年(一八六三年)です。当時、日本橋には魚河岸と呼ばれ魚市場がありました。関東大震災後、魚河岸は現在の築地へと移転してしまいましたが、その名残でこの界隈には「山本海苔店」や鰹節の「にんべん」など食品を商う老舗がたくさんあります。「とよだ」の初代もそんな地の利を生かして屋台で寿司を握って商いを興しました。
 明治になると日本橋本石町二丁目(現室町三丁目)に寿司屋(天狗寿司)と天ぷらや仕出しを出す料理屋を開業します。日本橋界隈には薬問屋などの大店が多く、来客の度に「仕出し料理」の注文が入りました。店に当時をしのぶ貴重な資料が飾ってあります。「澤山持込帳(たくさんもちこみちょう)」といって、初代が初めて店舗を構えた時、ご祝儀を頂いた方の名前を控えた書付です。帳簿の表紙には明治五年と書いてあります。江戸料理を中心とする割烹料理店として現在の場所に引っ越したのは今から五十年前のことです。

老舗料亭で7年間修行した後、公邸料理人に。

 私は初代から数えて五代目になるわけですが、家業である料理屋を継ぐことには全く抵抗がありませんでした。私の祖父も料理人でしたし、小学校時分から厨房で板前さんに包丁の扱い方などを教わっていました。高校を卒業する時には「自分は板前になる」と決めていました。何より料理がとても好きだったんですね。最初に修行に入ったのは浅草にある「草津亭」という老舗料亭でした。そこで七年みっちり修行した後、自分の家に戻りました。
 ある日、お世話になっている料理屋のご主人から駐独大使が公邸料理人を探しているんだがどうか、という話をいただきました。板前でありながら外国で料理ができるなんて夢のような経験だと思い、早速、面接したところ採用となりました。当時三十歳、私は単身当時の首都ボンに飛び在日本大使館で大使のお抱え料理人になったのです。向こうでは大使ご夫妻の毎日の食事と要人を招いた晩餐会の担当をします。どの国も晩餐会といえばフランス料理なのですが、大使ご夫妻のご要望で毎回、日本料理をお出ししました。
 ところが、ドイツという国は野菜の種類が乏しく、隣国のイタリア、スペインからの輸入野菜を使っていましたね。日本のお米も輸入そのものが禁止だったので手に入りません。仕方なくスペインに暮らす日本人農家にお願いをして、特別にお米を分けてもらっていました。

 一番苦労したのでは魚でした。デュッセルドルフには日本料理を出すホテルがいくつかありましたので、本当に困った時にはホテルを頼って日本から空輸された魚類を回してもらいました。けれども晩餐会はいつ開催されるか直前にならないと分からないので、間に合わない時は刺身を牛肉のたたきに変えて魚なしのコースを作り対応しました。和食に合うワインの研究をはじめたのはこの頃からです。
 ヨーロッパの方は、乾杯で日本酒を口にしたとしても食中酒はもっぱらワインでした。不思議なことにヨーロッパの食材を使って日本料理を作ると意外に相性のいいワインが見つかります。イカの塩辛など日本の珍味は合いませんが、柔軟な発想を持てば日本料理にだってワインは問題なく合わせられるものです。
 帰国後、丸の内シェフズクラブでもご一緒している『寿司幸本店』の杉山衛さんの薦めで、店ではイタリアワインを扱うようになりました。それまで日本料理屋といえば日本酒、焼酎、ビールでした。ウィスキーのボトルがお店の棚の半分を占めていた時代もありました。けれども時代と共に料理屋に足を運ぶ人の嗜好も変わるものです。伝統を守ることも大切ですが、変わるという努力も必要なのです。

「時代に合わせて料理屋も変化すること。」

 日本橋は江戸の『粋』を現代に伝える貴重な街です。この界隈は町内会の絆が強く、季節ごとの行事に町民みんなが参加して盛り上げます。一番盛大なのは神田明神の例大祭です。私も神輿を担ぎますよ。料理という点では「江戸料理」といって、野菜の炊き合わせでも濃口醤油を使って煮汁がなくなるまでしっかり味を含ませます。店には『溜まり』と『濃口』の二種類しか醤油は置いていません。これからお花見の季節ですが『お花見弁当』なんていいですね。毎年注文をされるお客様がおられますよ。
 江戸料理といっても、全てが江戸前の食材とはいきません。それでも羽田沖で獲れた穴子や、神奈川県の小柴で獲れたシャコなんかを使ったりもします。もちろん、食育丸の内が力を入れている生産者を直に応援することもやっています。顔の見せる生産者から直接届く野菜は、市場で仕入れたものと全く違います。春は菜の花が旬ですが、農家から送られたものは沸騰したお湯で三十秒茹でれば十分です。市場で買い付けたものは、当然、三日目、四日目のものがありますから、菜の花だって軸の部分の火の通りが悪かったりします。
 日本橋は今、大規模な再開発の真っ只中です。将来に向けて街が生まれ変わろうとしているのです。大切なことは、時代に合わせて料理屋も変化すること。その一方で『とよだ』に来れば安心して正統な日本料理を食べることができる。そう言ってくださるお客様をいつまでも大切にしたいですね。

文・ノンフィクションライター・中原一歩

写真・フードフォトグラファー・宮崎純一

Contact

日本橋 とよだ

東京都中央区日本橋室町1-12-3

☎03-3241-1025


シェフの履歴書

丸の内シェフズクラブに所属し、東京いや日本を代表する料理人の人生にはドラマがある。人生を変えたあの人のあの皿、修行時代の悔しい思い出、自分を一人前にしてくれた食材、自分の舌に焼き付いて離れない故郷の味。そんな、料理から学んだ、一流シェフの人生という名の美味しいレシピを連載します。

詳しくはこちら

Archives

2012.12.27

シェフの履歴書10 Wakiya一笑美茶樓 オーナーシェフ 脇屋友詞氏

自分の求める味の頂を求めて現在も修行を続けています。その努力の上に初めて技法は あるのではないでしょうか。同じフカヒレでも、「Wakiyaのフカヒレは旨い」。そうやってお客様に他店の味と比べられてこそ料理人としてのやり甲斐があるというものです。

詳しくはこちら
2012.12.25

シェフの履歴書9 人人人 オーナー 中島武氏

こだわりは貫き通さなければなりませんが、時代の中で色あせてしまうものは必ず あります。そこに「再生のメカニズム」と「新しいモノを作る」という私の会社のビジネスチャンスもあるのです。

詳しくはこちら
TOP