About

「食育丸の内」とは、三菱地所の「都市と食に関する問題」に取り組むプロジェクトの一環です。「食」に関する様々な活動を通じて、生産者、消費者、レストランが共に手を携え、人々が一層、心身共に健康になれる社会づくりを目指し活動していきます。

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Chef's Club

丸の内エリアを中心に活躍されている、日本を代表する和食・フレンチ、イタリアン、アジアン、4ジャンルのシェフ26名によって構成される「丸の内シェフズクラブ」。ただ、調理するではなく、食育を合言葉に、実際に生産地に足を運んだり、子どもたちへの食育授業など様々な提案、イベント発信などを行っています。

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Contents

マルシェに行こう
イートアカデミー
旬のシェフズランチ
子どもの食育ウェルカムキッズ
シェフの履歴書
服部幸應の食育のツボ
私を育てた『あの時、あの味』
元気になるニッポンの味めぐり
ラブテリ東京&NYヘルスリテラシー向上委員会
Will Conscious Marunouchi
シェフの履歴書04 サンス・エ・サヴール 料理長 長谷川幸太郎 「複雑性の中にたゆたう 現在フランス料理・最高峰のエスプリ」

プルセル・キュイジーヌとの出会い

 私の師匠は、1998年当時、最年少でミシュランの三つ星を獲得し、世界中の食通に注目されたジャック&ローラン・プルセルという双子のシェフ。それまで、重厚でクラシカルな料理こそ王道と言われたフランス料理の世界に新風を吹き込み、独自の感性でフランス料理という料理そのものを時代に合わせて再構築したような奇才でした。その手法は「プルセル・キュイジーヌ」と呼ばれ、現在では本国フランスのみならず、アジアや中近東、欧米など世界中の料理人に影響を与えています。私もそんな彼らの世界観に魅了された一人。地中海に面した南フランス・モンペリエにある彼らの店「ル・ジャルダン・デ・サンス(五感の庭)」で初めて食べた料理の数々は今でも忘れられません。

 彼らの料理を象徴する「シュクレ・サレ」という技法があります。日本でいうスイカに塩をふる。生ハムにメロンを合わせるなど、フルーツの持つ甘みや酸味に、塩味のような対照的な調味料を加えることで、その素材の持つ旨みを口の中で立体的に何倍にも増幅させる効果を狙ったものです。また、「テル・エ・メール(大地と海)」と呼ばれる陸と海の食材を一皿に合わせたような異色の食材の組み合わせも有名です。この意表をついた食材の組み合わせが、それまでのフランス料理にはない未知の領域と言われました。例えば、夏のスープの定番ガスパチョ。これはトマトと夏野菜の組み合わせが定番なのですが、プルセルキュイジィーヌは、夏野菜の代わりにスイカやパイナップルなど果物が入ります。また、ピジョン(鳩)のローストにカカオ(チョコレート)のソースという奇想天外な逸品もありました。しかし、これらの料理にはちゃんとした緻密な論理がある。つまり、途端に「答え」を思いついたのではなく、最初から異なる二つの食材を結びつける「式」があるんです。「鳩とカカオ」。想像もつかない二つの食材を取り持つのは、両者に含まれる質の異なる「鉄分」でした。一見、異なる食材の個性と個性がぶつかりながらも、根っこの部分では尊重しあって、相乗効果を生んでいたのです。

 とにかく彼らの料理は食べ手を飽きさせません。何かアクセントというか驚きがありました。シェフの感性に食べ手の味覚も思考も追いつかない。しかし、いったんその料理を口に運べば、言葉では言い表すことができない複雑性の中にちゃんと完成された味の頂がある。私はとにかくプルセル兄弟の元で働きたくて、10通以上の手紙を書いて何度も直接電話を入れました。26歳の時でした。当然のことながら、当時は世界中のシェフが入門を乞う憧れの厨房。実際に調理場に立たせてもらった時は、もう嬉しくて天に舞い上がるような気持ちでした。

レストランこそモダンであるべきという思想

 実際にプルセル兄弟の仕事ぶりを観察して思ったのは、彼らの卓越した感性は実際の料理だけに留まりませんでした。盛り付ける器も客の目を引く斬新なものばかりでしたし、レストランこそモダンであるべきという思想の下、当時のフランスでは考えられない空間作りを実践していました。カトラリー(食卓用のナイフやフォーク)や店内に流れる音楽など細部にもこだわっていました。若干33歳でミシュランの三つ星を獲得し、そのスタイルが一気に世界に流出するには訳があると思いました。そして、これを単に真似するのは難しいと思いましたね。彼らのスタイルは世界中に伝播したのですが、結局、その技法だけを真似ても奇を衒った中途半端なもので終わってしまう。私が彼らから学んだ一番大切なことは自分を貫き通すという事でした。
 クラシックな古典ではなく、現代風と訳される料理は、常に時代の先端を走っていないと取り残され消えて行く運命です。しかし、現在も、彼らの店には世界中からのゲストが引きも切れません。時代に合わせてそれだけ進化を遂げている証です。このバイタリティには感服しますね。

五感の追求という挑戦

 そんなプルセル兄弟の日本第1号店をオープンするに当たり、日本人である私にシェフとして働いていかないかと声をかけて頂きました。しかも、海外の名だたるレストランの日本上陸をアシストしてきた「株式会社 ひらまつ」がパートナーと聞いてさらに心が踊りました。それが、現在の「サンス・エ・サヴール」です。「五感の追求」という意味の店名には、プルセル兄弟のこうした思想や哲学が散りばめられています。
 私もそんなプルセル・キュイジーヌに忠実に料理を作っていたのですが、ある時から、今度は自分なりの解釈で料理を作るように心がけました。

 というのも、自分の表現って何かと考えるようになったんです。例えば、「オマール海老のココナッツ風味のリゾット」というメニューがあります。これはプルセル兄弟の定番レシピで、季節を通じて燦々と太陽が降り注ぐ南仏をイメージしています。本店では冷たい料理として提供されていました。これを自分なりに、日本人の口に合うようにアレンジを繰り返しました。リゾットですので、ビスクのような甲殻類の濃い出汁で米を炒めあげます。そして、低温でゆっくり柔らかく火を入れたオマール。そして、酸味の効いたパイナップルを合わせます。このパイナップルの酸味がこの料理の決め手です。パイナップルの種類。カットの大きさ。試行錯誤を繰り返しました。ほんの些細なことなのに、そこに自らの料理哲学が還流しているか。それは自分との戦いです。以前は、ブルセル兄弟の味をそのまま表現していました。そうでないと、従業員に説明がつかなかったのです。しかし、今は信頼関係もあるのですが、自分の表現を許してもらっています。

 自分の働いている店に、「五感の追求」という冠がついている以上、自分の感性を磨くことを意識しています。街角に飾られているウィンドウショップのディスプレイひとつとっても、作り手がどんな意図でその世界を作り上げているのか興味がありますね。
 今はとにかくいろんなジャンルの仕事をしたいと思っています。いずれにしろ、まず己の感性を磨きあげることこそ、師匠であるプルセル兄弟に近づく道だと思っています。

文・ノンフィクションライター・中原一歩

写真・フードフォトグラファー・宮崎純一

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サンス・エ・サヴール

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シェフの履歴書

丸の内シェフズクラブに所属し、東京いや日本を代表する料理人の人生にはドラマがある。人生を変えたあの人のあの皿、修行時代の悔しい思い出、自分を一人前にしてくれた食材、自分の舌に焼き付いて離れない故郷の味。そんな、料理から学んだ、一流シェフの人生という名の美味しいレシピを連載します。

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